あなたにさよならと言わせてください

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「え、あれ、さっき社長室で……」  ほんの十分前くらいに社長室の前で会ったダークグレーのスーツを着た男性だった。お客様にしては対談時間が短すぎるのでは? と思う。 「ああ、霧島社長に業務提携をしないかと提案をしに来たのだけれど、話をした途端に蹴られてしまってね」  ははっ、と笑っているけれど、私の頭の中では禅さんが本当にこの人のことを足で蹴ったようなイメージが再生された。もちろん、話や契約を蹴るという言葉があるのは知っているけれど。 「それは……」  残念でしたね? それとも、何て答えれば良いんだろう?  どんな反応をしたら良いのか分からない、という私の顔を見てか、優雅に社内のカフェで買ってきたであろうコーヒーを飲みながら、彼は「ここのコーヒーはまあまあ美味しいね」と言った。そして 「それで、話を戻すけど、何かお困りで?」  また話題を元に戻す。 「あ、いえ……」  初めて会った人にお金の話なんて出来るわけがない。 「少し聞いてしまったのだけれど、お金に困っているのかな、って」  切れ長の目が私のことをジッと見つめてくる。いつの間にか、ニコニコと笑っていたのが真剣な表情に変わっていた。 「大丈夫です。何も聞かなかったことにしてください」  この人に相談する気はない。私はスマホを持って席から立ち上がった。 「一つ、提案があるのだけれど」 「はい?」  横を通り過ぎようとしたら、彼も席から立ち上がって、どきりとした。 「君から霧島社長に業務提携をしてくれるように言ってくれないかな? 上手くいったら、君にいくらでもお金を払うよ」  少し私に近付いて、彼がひっそりと言う。 「私にそんな力はないですよ」  苦笑いを浮かべながら切り抜けようとした。けれど、彼は「大丈夫。きっと君なら上手くいくさ」と言って、私に名刺を差し出してきた。 「エアコンを海外に輸出する会社を経営しています。岩倉と申します」  彼がまたニコッと笑う。 「こ、駒田です」  礼儀上、ちゃんと名前を伝えたけれど、全然乗り気にはなれなかった。思わず、顔が強ばる。そんな私を休憩室に一人残して、彼は「いつでも電話してね」と消えていった。
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