あなたにさよならと言わせてください

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 ◆ ◆ ◆  岩倉さんが消えてから、まず最初に真面目に仕事を探してみた。でも、一度に高額な給料を貰える仕事なんて見つかるはずもなくて、しかも、私は禅さんの部屋から勝手に出ることは出来ない。日々の買い物だって、流川さんが適当にしてきてくれて、私のことが好きなら自由に外に出してくれたって良いのに、やっぱり禅さんは意地悪だ。  次に禅さんにお金を借りることを考えた。だけれど、禅さんから借りたら、それは闇金から借りるのと同じってことで、そうじゃなくても禅さんはお金に興味がある人間は嫌いで、せっかく少し信用してくれているのだから、それを台無しにするようなことは正直したくない。だから、これは最終手段だ。  もし、私に友達が居たならば、「高額なお金を稼ぐ手段がないのにどうして、自分がどうにかする、なんて言ったのか」と呆れられていただろう。私だって自分に呆れている。でも、自分が生きてきた大事な家が失われると聞いて冷静でいられるはずがない。誰だって。  それで、残る手段は岩倉さんに頼まれたことをして、禅さんに業務提携をさせるということだったのだけれど、これも、まあ上手くいかない。私には話術が全く無いし、たまに話す順番を間違えるとか頓珍漢なことをしてしまって、私が何を言っても禅さんは「興味が無い」「必要無い」と言った。  それで一日を無駄にし、夜になって禅さんがお風呂に入っている間にこっそり岩倉さんに他に出来ることはないかと電話をした。すると、意外な言葉が返ってきた。 『なら、霧島社長の秘密を何か知らないかな?』 「秘密? 何のことでしょう?」  知らないフリをするけれど、もしかして、この人は禅さんの裏の顔を知っているのでは? とどきりとしてしまう。 『あれ? 知らないかな? 彼、本当は裏社会の人間だって噂があるんだよ。君は彼の一番近くに居るようだから、その証拠を何か持っていないかな、と思ってね。情報があれば高い値で買い取るよ?』  ――社長室から出て来た一瞬で、どうして禅さんと私の関係性が分かったのだろう? 私のことをジッと見ていたのは、観察していたから? この人、一体、何者なの? 「何を言っているのか、さっぱり分かりません。お仕事のお話、ありがとうございました。失礼しま……」 『実は昼間、君の服に盗聴器を仕掛けたんだ。君が彼から離れると言うなら、盗聴器で拾ったすべての音声を削除すると約束するよ』  自分はなんて馬鹿だったのだろう、と気が付いたとき、そんなことを電話の向こうの彼が言った。
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