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◆ ◆ ◆
「若のどこが嫌いなんだ?」
「はい?」
どこにでもあるファミレスのボックス席で、目の前に座る流川さんに言われ、私はぽかんとした顔をしてしまった。
禅さんのマンションから出て数分後、近くの繁華街に居るところを後ろから彼に声を掛けられ、捕まったのだ。多分、何も知らずに私を見掛けて声を掛けたのだろう。
「お前が黙って家出をするなんて、若に否があるとしか思えない」
だから、こんなことを言うのだ。恐らく、禅さんは流川さんに何も言っていない。
「家出ではありません。……いや、家出かもしれないですけど」
理由があって追い出されるように仕向けたなんて言えない。盗聴器のことも言えない。だって、言ったら、禅さんは私のことを許してしまうかもしれない。私が禅さんに近付いたら、盗聴器の音声をどこかにリークされて、彼と家族が苦しむことになる。それだけは避けたい。
ちなみに盗聴器は繁華街のどこかの店のネオン看板の下に隠してきた。壊すことも考えたけれど、壊したことによって、岩倉さんに変な疑いを掛けられても困る。でも、持っているのも怖い。だから、生活音の入るあの場所に置いてきた。
「若がそんなことを認めるわけがないだろう?」
流川さんが眉間に皺を寄せて険しい顔で言う。私の所為なのだけれど、せっかくの整った顔が台無しだ。
「認めたんです」
「一体、若に何を言った? お前が話しやすいように、この店を選んだんだ。ちゃんと話せ」
確かに、身なりの良い流川さんには不釣り合いな場所だ。
「お金を貸してください、と言ったんです」
禅さんが認めた理由だけはちゃんと言わないと、いつまで経っても解放してくれない気がして、それだけは言うことに決めた。
「どうしてそんなことを言った?」
「必要だったからです」
それ以外に理由はない。きっぱりと私は流川さんの目を見つめて言った。
「なあ、私はお前が悪い子じゃないってことは知ってる。だが、それ以上に若が今までどれだけ苦しんできたのかを知ってる。だから、正直に言ってもらいたい。お前が避けられない理由も無しに若が嫌がることをするはずがない。どうして金が必要なんだ?」
まるで、流川さんは私が小さい子か、ペットの小動物みたいな言い方をする。優しさを含んだ言葉に心が揺れる。話す必要の無いことまで話してしまいそうになる。
「はぁ……、若はな」
私が理由を言おうとしなかったからか、流川さんが小さく溜息を吐いて、続けて口を開いた。
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