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「幼い頃から金と容姿目当ての人間たちに散々追いかけ回されて、人間が嫌になったんだよ。さらには外の世界では本当の自分を隠さなければならず、誰も信用出来ない。そんな世界で生きてきた若が、“もう一度”、誰かに心を開こうとした。私はそのことを無駄にしたくないんだ」
――もう一度?
気になったけれど、私は禅さんの元に戻してもらおうとは思っていない。気にしたところで、意味は成さない。
「流川さんは優しいですよね。ずっと思ってました。――……潰れかかっている孤児院を救いたかったんです」
独り言だと思ってほしくて、付け足すように話した。分かってる。これは甘えだ。流川さんに、何とかしてもらおうと心のどこかで思っている。頼ろうとしている。
「若はお前が来てから楽しそうだった。私も楽しかった。若は見て分かるように感情を表現することに関しては酷く不器用だ。でも、私が見た限り、若はお前が可愛くて仕方がないんだよ。だから、私が若にその話をしよう。戻って来ないか?」
私が、「どうして、私なんかのために?」という顔をすると、流川さんは「お前が居ないと若が怖いんだ」と付け足した。気を使ってくれているのだとすぐに分かった。この優しさに甘えたくなって、泣きたくなって、それでいて、守りたいと思った。
だから
「ありがとうございます、流川さん。でも、禅さんには話さないでください。私、自由になれて幸せなんです」
ニコニコと笑いながら、嘘を吐く。平気な顔して、嘘を吐く。
――本当は、幸せなんかじゃない。なんでだろう、本当は心のどこかで戻りたいと思ってる。
「失礼します」
断られると思っていなかったのだろう、唖然とした表情の流川さんに言って、私は席から立った。そして、そのまま去って行こうとする。
「待て、これを……」
ハッとなった流川さんがテーブルの上に金色のカードを出した。
「これって」
「私名義のクレジットカードだ。急に出たんじゃ住む部屋が無いだろう? 金も無いはずだ。大金は渡せないが、仕事が見つかるまで凌げるだろう」
「受け取れないですよ」
「いや、持っていけ」
流川さんも席から立ち上がって、少し強引にカードを私に手渡した。
「どうして、私なんかに……」
「若のお気に入りだからだ」
そう言って、流川さんは席に座り直して、頼んでいたコーヒーを一口飲んだ。
「ありがとうございます……」
使う気はないけれど、これ以上断ることは出来なかった。カードを、持っていた小さなポーチに仕舞って控えめにお礼を言った。
「風邪引くなよ?」
「はい。流川さんって、やっぱりお母さんみたいですよね」
ちらっとこっちを見た視線に、ふっと笑う。そして、一つ聞きたいことを思い出した。
「――あの、最後に一つ、教えてください」
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