鈍感な女は不器用な男に奪われる

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 ◆ ◆ ◆  次の日の夕方、五時頃に岩倉さんが部屋にやって来て、私に車の鍵を渡してきた。理由は分からないけれど、今まで、彼はずっと私のことをマークしていたのかもしれない。だから、私が車を運転出来ることを知っている。そう思った。  ホテルの地下駐車場に停められていた白い軽自動車の運転席に乗り込んで、後ろを確認する。黒い大きな旅行用の鞄を持った中年の男性が乗っていた。水色の作業服を着ていて、どこかの工場で働いていそうな人だ。 『依頼人を目的地まで送ってあげてほしいんだ。ただ、それだけだよ』  直前に聞いた岩倉さんの声が耳に残っている。  お互いに何も話さないことを条件とされていて、黙ったまま、車を発進させる。道順は既にカーナビに登録されていた。  高速に乗り、徐々に都会から離れていく。頭の中では、疑問が浮かんでいた。  岩倉さんは昨日、『運んでもらいたいモノ』と言っていた。でも、今日は『依頼人』と言っていた。後ろに座っている人じゃなくて、彼が持っている鞄の中身がモノということだろうか? それとも、この後ろの人をモノと言っているのだろうか?   この後ろの人をモノだと言っているとしたら、酷い想像ではあるけれど、この人は死ぬ運命にある、とか。そして、もっと酷い想像は……私がモノであるとしたら。  私はこの人に殺されるのかもしれない。鞄の中は武器。だから、山奥に向かっているのかもしれない。それも自ら。  スマホの充電は無い。サービスエリアの公衆電話から掛けても、根拠の無いことに警察は動いてくれないだろう。生憎、他の番号は知らない。誰にも助けが求められない。  ――怖い。誰か……、助けて……。  走り出して三十分。時間稼ぎなんて出来なくて、私の運転で車はどんどん目的地に向かっている。高速を降りて、山の中の曲がりくねった道路を上っていく。辺りが暗くなってきた。  もう、ここで唯一の光ともさらばだな、と思うほどポツンとしたところに一件のコンビニがあって、私は「ちょっとトイレに……」と独り言のように言って、車から降りた。何も言わないが男性も一緒に車から降りて、私の次にトイレに入っていた。  先に戻ると思っていたけれど、男性は私を監視するように店内に留まっている。完全に見張られていると思った。この状態でコンビニの店員さんに何かを言うことも出来ない。警察に電話をしてもさっき考えた理由で動いてくれない。悪戯だと思われるだろう。 「ありがとうございましたー」  やけに明るい店員に見送られながらコンビニから出て 「……」  私は男性に黙ってコーヒーを差し出した。店から出る直前に買ったのだ。  「何も入れてないです」と視線を合わさずに言うと彼は私の手から紙コップを受け取った。けれど、ビシャッ、カラカラという音がして、すぐに落として捨てられてしまった。ジッとそれを見つめる彼の横から苦笑いを浮かべながら、私は空になった紙コップを拾い上げてコンビニのゴミ箱に捨てた。  ――やっぱり、おかしい。
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