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「禅、さんが?」
――私を追い出すときに、あんなにも嫌悪感を示していたのに? どうして心が変わったのだろう?
「そうだ。私は情報を提供しただけで、若はお前を追い出してから後悔して、自分で探し出そうと躍起になっていた。本当にお前を追い出して直ぐだ。私がお前と別れて部屋に戻るとそこに若は居なかった。若もお前が悪い子じゃないってことをちゃんと分かっていたんだよ」
流川さんに言われて、また涙が溢れ出してきた。それでも唇をぐっと噛んで、続きの話を聞く。
「最初はスマホのGPSを辿って、公園までは分かったんだが、そこから位置情報が途切れた。それから、私がお前を繁華街で見たときにお前が変な動きをしていたから、あとで若に連絡をして、そこを確認してみたんだ。盗聴器があった。あれは一体誰の物なんだ?」
さすが、ずっと気配りをしながら他人の世話をしている人だ。よく見てくれていた、と思う。
「……岩倉さんです」
何も名を伏せる理由はない。私ははっきりと岩倉さんの名前を口にした。
「あいつか……。あの盗聴器を見て、若はお前が出て行った理由を完全に察した。そのあと、お前が私のクレジットカードをどこかで使うんじゃないかと見ていたら、案の定、お前は飲むはずのないコーヒーを買った。しかも山奥のコンビニで……、そこからあとは若しか知らない」
禅さんは覚えてくれていた。私がコーヒーを飲めないことを。
気付いて、分かってくれた。私が助けを求めていることを。
「何度も言うが、若はお前を追い出したことを酷く後悔している。どうか、ちゃんと話をしてほしい」
流川さんがまるで自分のことのように苦しそうな顔をする。けれど、私は自分が禅さんに許してもらえると思えない。
「でも、私は盗聴器を仕掛けられて、禅さんに迷惑を……」
「安心しろ。若はいつも盗聴器を妨害する小型機器を持ち歩いている。それに会社とマンションにもそれぞれ大型の妨害機器を入れてる。ずば抜けて凄腕のハッカー以外、盗聴器を仕掛けても傍受は出来ない」
私の言葉を遮って、流川さんが丁寧に説明してくれた。
「じゃあ……」
「お前は、何も悪いことをしてないんだよ……っ」
何故か、流川さんも静かに涙を流し始めた。
「どうして流川さんが泣くんですか?」
びっくりして私の涙が止まった。
「……お前が無事に帰ってきてホッとしたからだよ……っ、気が気じゃなかったんだ」
「すみませんでした」
「あーもう、謝らなくていい!」
扉を閉めて、流川さんは自分の涙を隠すように運転席に移動した。そこにちょうど禅さんが戻ってきて、私の隣に乗り込んできた。少し、どきりとする。何を話せば良いのだろう、と思う。禅さんも押し黙ったまま前を向いて、同じことを思っているだろうか?
「若、あの盗聴器は岩倉の物でした」
私たちの空気を感じ取ったのか、流川さんが車を発進させながら言った。それを聞いて、流川さんには何も言わず、禅さんはジャケットの内ポケットからスマホを取り出して誰かに電話を掛け始めた。
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