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「栄、仕事だ。岩倉という男の会社に不正データと監査を送り込め。二度は言わない。徹底的に潰せ」
とても冷たい声だった。怒り、憎しみ、嫌悪……今の禅さんは負の感情を全て纏っているような気がした。電話越しの栄さんはそれをどんな風に受け取っただろうか。
「流川、様子を見て求人を出せ。採用するときは細心の注意を払えよ?」
電話を切ると禅さんは流川さんに指示を出した。それに流川さんが「分かりました」と答える。
――禅さん、敵の会社で働いていた人たちも助けるんだ? 何も知らなかった人たちを。
車の中が急に静かになった。身体は眠いはずなのに、頭が眠れないと言っている。窓の外の風景が、最近見慣れていた世界になっていく。気が付けば、沈黙のまま、禅さんのマンションの地下駐車場に到着し、三人で静かなエレベーターに乗って、禅さんの部屋まで戻って来ていた。
私を先にリビングに行かせて、玄関までの廊下で禅さんと流川さんが何かを話し始めた。
「若、私が教えたことを覚えていますか?」
「ああ」
真剣な声音の流川さんに禅さんがぶっきら棒に答える。
「本当ですか? ちゃんと口に出して確認してください」
「お前……」
「若、大事なことです」
少し苛立ったような若様に対して、世話係は静かに叱咤した。
「……っ、――怒らない、優しくする、しっかり話を聞く……目を見て、謝罪を、する」
若様は“硬い自分の意思を傷だらけの手で折り曲げている”ような言い方をした。
「よろしい。絶対に酷い言葉や態度は駄目ですからね?」
「分かってる。――お前、あとで覚えておけよ?」
「駄目です、それ。脅してます」
「流川、お前、あいつの影響を受けていないか?」
「なんのことでしょう? 私は、これで失礼いたします」
ひと通り会話を終えて、流川さんは私にニコッと小さく笑い掛けて玄関から出て行った。やっぱりお母さんみたいな人だな、と思った。そんなお母さんみたいな存在が部屋から消えて、とても気まずくなる。
禅さんとどんな顔をして対面すれば良いのか、何を話せば良いのか……。
そう思っていたら禅さんの方から動き出した。
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