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「今、男に近寄られるのは怖いだろう? こいつをやる」
そう言いながら、禅さんは私の顔を見ずに急に妹子を手渡してきた。私の腕の中で妹子が迷惑そうに「んぬぅ」と鳴く。
「梓を呼ぶか? いや、それより風呂か」
手渡したかと思ったら、今度は取り上げて、禅さんはバスルームの扉を開けた。解放された妹子が定位置であるリビングの真ん中に走っていく。
「禅さ……」
「入れ、着替えは用意してやる」
明らかに挙動不審な様子で、禅さんが忙しなく動く。彼がリビングから消えてしまったため、私は言われた通りにバスルームに入った。禅さんの存在を感じていたいから、扉を少しだけ開けておく。
せっかく禅さんが気を使ってくれているのだから、と私は服を脱いでシャワーを浴びることにした。
脱衣所と曇りガラスで仕切られていて、禅さんが入ってくればすぐに分かる。しかし、なかなか禅さんは着替えを持って入って来なかった。また別の気を使ってくれているのかもしれない。
「ふぅ……」
シャワーの水が温かくなって、台座から外さずにそのまま頭から全身にお湯を浴びていく。温かい……。その温もりにホッとして、目を閉じる。けれど、突然、身体に違和感を感じて目を開けた。
「……っ」
お湯が身体を流れていく感覚で男に襲われたことがフラッシュバックして、男の手の感触を思い出したのだ。見えないはずの男の手が見える。私の身体を這って……
――いや……っ! やめて……!
心の中で叫んだけれど、恐怖から身体の力が抜けて、床にへたり込んでしまった。扉を開けたいけれど、手が届かない。
「ぜ、……さ……」
禅さんに助けを求めたかったけれど、怖くて声が出なかった。
――怖い、怖い、怖い、怖い、怖い……! 助けて、禅さん……!
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