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『都築ちゃん、電話が繋がらなかったからメールを送るわね。院はもう大丈夫。急遽、大きな貿易会社の社長さんが支援してくれることになったの。誰も孤独にならないように、たくさんの子供を救いたいそうよ。感謝してもし足りない。あなたにも。心配掛けたわね。もう大丈夫よ、ありがとう』
広美ママからだった。
――流川さん、やっぱり禅さんに話してくれたんだ? 本当は自分で言わなきゃいけなかったのに。
「禅さん! お金……! お金払ってくださったんですか?」
顔を見たいけれど、やっぱり見えない。禅さんが離してくれない。
「お前の借金だがな。死ぬまで返せよ?」
死ぬまでに、ではなく、死ぬまで、とは本当に意地悪な言い方をする。
「分かりました。ありがとうございます」
それでも、自分の生きた孤児院が救われたのだ、お礼を言わないなんて真似は出来ない。
「利子は今度考える。まあ、高いことは間違いないだろうな。――おい、聞いているのか?」
孤児院が救われて、少し幸せな気持ちになれたから、そのままの気分でサファイアの意味も知りたくて、私の意識はスマホに集中していた。
――サファイアの持つ意味は『成功』『誠実』、そして、『慈愛』……。
「好きって、どんな気持ちですか? どんな風になりますか?」
急に知りたくなった。禅さんは私のことを好きだと言った。でも、正直、私にはその感情が分からない。だって、
「私、今まで嫌いか、嫌いじゃないか、しかなかったんです。だから、分からなくて……。――好きって、どういう感情なんですか?」
知らなかったから。一人から一人にしっかりと向けられる愛情なんて知らなかったから。
「餓鬼、お前にはまだ早い。少し寝ろ」
禅さんは私を横に転がして、小さい子をあやすように掛け布団の上からトントンと軽く叩き始めた。
「禅さんの意地悪」
――餓鬼って、まだ早いって、私、二十五歳なんですけど。……ちょっと小柄で、童顔だけど。
無意識にしてしまうムッとした顔も逆効果だったかもしれない。
「はっ、やっぱり餓鬼だな」
禅さんは私を見て、また鼻で笑った。九個離れてるからって、ちょっと年下に見過ぎだと思う。
「禅さんのこと、私、やっぱり嫌いです」
ふてくされて、布団に埋もれる。
――一緒に居ると安心するけど、きっと、好きじゃない。好きって、ほんとに何なの?
「俺はとっくにお前に心を明け渡してる」
私が目から上だけを掛け布団から出すと、禅さんは私の前髪を手で整えた。
「好きだ、愛してる」
一気に視界がクリアになったところに、至近距離から微笑まれて、ボンッと頭からも顔面からも煙が出そうになった。
――禅さんが、笑った……! あの禅さんが、私に対して、自然に、微笑んだ……!
「分かりやすいやつ」
「なっ」
「鳴くな、吠えるな、さっさと寝ろ」
私の横で肩肘をついて、禅さんが寝かし付けてくる。トントン、トントン、と規則正しいリズムにホッとして、隣に居る禅さんの存在に少し幸せな気分になって、私は、数時間前に起こった悪い出来事なんて、すぐに忘れられると思っていた――。
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