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◆ ◆ ◆
「あいつ冷たいな。迎えにくらい来いよって感じだよね」
マンションの地下駐車場に着いて、そこに禅さんの姿がなかったために高見さんが言った言葉だ。でも、私は禅らしいと思う。
「足元、気を付けてね」
私が降りる前に自分が先に車から降りて、高見さんが補助してくれる。今日、ずっと、そうしてくれていた。とても優しい人だと思う。
「あの、今日は本当にありがとうございました」
大きなチンアナゴのぬいぐるみを抱いて、私はぺこりと高見さんに頭を下げた。
「なんか、デートっぽくなくてごめんね」
全然悪くないのに、彼が申し訳無さそうな顔をする。
「いえ、すごく楽しかったです。海鮮丼もごちそうさまでした。あと、これも」
ちらっとぬいぐるみに視線を向ける。それを見て、高見さんは思い出したかのように「あ、そうだ。禅へのお土産」と小さな紙袋を私に手渡してきた。
「渡しておきます」
あの禅さんが可愛いチンアナゴをもらって、どんな反応をするのか、まったく想像がつかない。
「じゃあ、また。今度、運転してね。楽しみにしてるから」
「はい、また」
次があるのだろうか? と思いながら、私は軽くお辞儀をして、エレベーターに向かった。途中で振り返ると、高見さんがにこっと笑って手を振ってくれていた。私もつられて手を振った。
――私が見えなくなるまで居てくれるなんて、とても紳士な人だ。
エレベーターに乗りながら、そんなことを思った。
――禅さんなんか、歩幅も合わせてくれないのに。――……前、までは。そういえば、今はどうなんだろう? 会社でどうだったっけ?
考えていたら、エレベーターが最上階に到着した。開いた瞬間、目が合う。
「禅さん……」
「遅い」
ご機嫌斜めな様子の禅さんだった。そんな仁王立ちして待ち構えてなくても良いのに。
「ただいま戻りました」
高見さんの話を聞いてから、ずっと禅さんをぎゅっとしたくて、ウズウズしていた。今もウズウズしている。でも、急に行動に移したら、禅さんは怪しむかもしれない。
「なんだ? それは」
玄関の扉を開けながら禅さんがチンアナゴのぬいぐるみに鋭い視線をぶつけてくる。
「チンアナゴです。これ、高見さんが禅さんにも、って」
玄関に入ってから、禅さんへのお土産を手渡した。そのまま、リビングに向かうと、そこには何故か疲れ切っている流川さんが居た。キッチンの椅子に座っている。
私が流川さんに「どうしたんですか?」と聞く前に、禅さんが「なんだ、これは」とチンアナゴのキーホルダーを取り出して、怪訝そうな顔をした。そして、「新しいオモチャだぞ」と言って、妹子に戯れさせていた。そのときは、とても悪い顔をしていた。
「高見さんがせっかくくれたのに……。――どうしたんですか? 流川さん」
もう、と思いながら、キッチンの椅子でぐったりしている流川さんに尋ねた。
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