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「――あいつに何か聞いたのか?」
私が自分の気持ちに気が付いた瞬間、禅さんが言った。
「はい……」
隠しても苦しくなるのは自分だと思った。だから、正直に答える。
「そうか」
禅さんは、それしか言わない。本当は本人から聞きたいことはたくさんある。でも、きっと彼は話してくれない。そう思ったのに……
「お前が俺を誘拐したとき、俺は死んでも構わないと思った」
ふと、禅さんが呟いた。
「裏と表の世界に生きるのがツラくなったんだ。だから、お前に会って、最後のゲームをしようと思った。脅して、わざと正体を教えて、お前を試して……、だが、お前は善人過ぎたから、巻き込んで後悔している。お前は俺の人生に触れてはいけなかった」
あんなに他人に自分の正体を知られないように警戒している禅さんが、私にだけ明かした理由が、今、分かった。
「禅さん……」
それ以上は話さなくて良い、と言いたくなるほど、禅さんは苦しくて悲しい雰囲気を纏っている。こんな禅さんは初めて見る。
「ただ、お前となら眠れた。ずっと眠りたかった。――お前と居ると安心する」
――禅さんも、私と一緒なんだ。生きる意味を探してたんだ。平和の存在しない世界で。
「禅さん、私……、私……」
私が心を明け渡したら、禅さんは私のことを抱く。好きだから、抱いて、抱かれる。でも、今は、まだ……。
――私、あなたのことが好きです。でも、私にはまだ、あなたを幸せにする術が無い。だから、心の中に留めておきます。
「泣くな、俺が物凄く悪いことをしているみたいだろう?」
身体を少し離して、禅さんが優しい瞳で、私の瞳から溢れた涙を拭う。
「禅さんは優しい悪い人です……っ。――……着替えてきます」
このままぎゅっとしていると本当の気持ちを溢してしまいそうで、私は禅さんの身体から腕を離してクローゼットに逃げ込んだ。通り過ぎさまにハンドバックやぬいぐるみを拾って。
「はぁ……」
広々とした衣類と靴だけの空間で、私は深く溜息を吐いた。残っていた涙を手で拭って、気持ちを入れ替えるために梓さんに借りていた物を片付け始める。
洋服は着替えて、あとで流川さんに相談して、今日ずっとお世話になっていた水色のハンドバッグは中身を全部出して、横のポケットにも何も無いか、確認し……
「え?」
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