偽りの花嫁は無を巡る

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「い、今、なんて言ったんですか?」  一瞬で頭の中が真っ白になって、聞き返す。今、禅さんは何と言ったのか。 「高見荘吾と結婚しろ」  今度ははっきりと私の頭に刻まれた。ベランダからの風でカーテンが揺れ、禅さんの姿が見え隠れする。それが、何故かとてもとても儚くて……。 「なん、で……」  ショック過ぎて、声にならない。  ――私のことを誰にも奪われたくないと言ったのに。 「そうすれば、利子ごと借金をチャラにしてやる。それに今後もあの孤児院を支援すると誓う」  真っ直ぐに私を見つめたまま、禅さんは淡々と言った。  ――そんなことを言うなんてずるい。私から、あなたのそばに居る理由を奪うなんて。 「私が信じられないからですか?」  全部、気が付いている。その手紙は死んだはずの笹塚真野からのもので、彼女はきっと生きていて、禅さんの正体をバラそうとしているのも、彼女。  だから、私も信じられないのでしょう? だから、何も言わないのでしょう? 「大丈夫です。私はあなたのことが嫌いです」  ――せっかく好きって、気が付いたのに。 「ずっとあなたのことを嫌いでいると約束しますから……、高見さんと結婚しろだなんて、そんなこと言わないで……っ」  ――好きだから、嫌いでなければならない。私はあなたのことを騙そうとしていない。騙そうとしているなら、私はあなたのことを好きだと言います。だから……  我慢しようと思っていたのに、また涙が溢れて止まらない。 「お前のためだ。俺から離れて、あいつと一緒になる以外にお前を安全に自由にする方法が無い」  禅さんは私と距離を取ったままだ。もう、彼は心を決めている。 「そんなの……」  あなたの居ない自由なんて要らないのに。そんなのは要らないのに。そんな自由は値段が高いだけの宝石と一緒だ。 「既にあいつにはもしもの時のことを考えて話はしてある。近いうちに式を挙げろ」  スーツの内ポケットからスマホを取り出し、禅さんは部屋を縦断して玄関に向かおうとしていた。本当にこれで終わりなのだろうか? 「禅さ……」 「俺とお前は何も無い。お前は俺を好きになるな」  最後なら、最後らしく、何かを言ってもらいたくて、私が呼び止めると、禅さんはこちらに背中を向けたまま、冷たく言った。  それでも、そんな言葉を認めたくなくて、私は彼の背中を追いかけて、後ろからぎゅっと抱き締めた。 「……嫌いっ、大嫌いです……っ」  ――あなたなんか……、大嫌いで、大好きです……。
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