偽りの花嫁は無を巡る

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 ◆ ◆ ◆  見慣れた風景が窓の外を過ぎていく。もう何度も通った道だ。 「おはようございます」  地下へと続く入口で、同じく見慣れた守衛のおじさんに運転席の窓から挨拶をする。 「おはようございます!」  いつも通り元気な挨拶が返ってきてホッとする。 「いってらっしゃい」  おじさんのその言葉が、変に私の新たな門出に合っていて、ホッとした気持ちが一瞬で寂しい気持ちに変わった。  そのまま車を走らせて、いつもの定位置に車を停める。 「着きました」 「ああ」  前を向いたまま私が告げると、今ままで黙っていた禅さんが、たったそれだけ呟いた。  もう一緒に居られないなら、もう少しだけ一緒に居たい。そう思った私は「最後に、もう一度だけ、禅さんを車で送らせてください」とお願いした。でも、彼は一緒に居ても余所余所しくて、もう本当に『無』なんだと思った。 「すぐに流川を寄越す。今までご苦労だった」  車から降りていく禅さんは、まるでブラック企業の上司のように、何も籠もっていない冷たい言い方をする。 「禅さん」  窓を開けて、名前を呼んで、すぐに自分の言いたかった言葉を口に出す。 「この先、何があっても“自分で居てくださいね?”」  六道組を守る六道禅として、ずっと、何があっても霧島禅として生きていてください。 「流川が来るまで、ここに居る」  私の言葉を聞いてなのか、それともただ危険だからか、禅さんはそれ以外に何を言うでもなく、運転席の横に立った。  ――本当は手を繋いで、あなたとデートがしたかった。  自然と名残惜しそうな視線を禅さんの大きな手に向けてしまう。一緒に手を繋いで、買い物に行って、美味しいものを食べて……、そんな理想を想像していたら、急にバーンッという爆発音が地上から聞こえた。
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