偽りの花嫁は無を巡る

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 招かれざる客の登場に、私は息を呑んだ。でも、ふと、あることが頭に浮かんで、必死に心を落ち着かせて 「……どうぞ」  私は助手席側のロックを解除した。 「あなた、頭でもおかしいの? 敵を自ら招き入れるなんて」  全然華やかではない黒いシャツに黒いパンツを合わせた格好で、彼女は助手席に乗り込んできた。まるで、私がすべてを知っているかのような口調で話す。でも、私は、“私を貫き通す”。 「敵? なんのことですか? 上から避難されて来たんですよね? 怪我はありませんか? 少し離れたところまで送ります」  何も知らない空気を纏いながら、何喰わぬ顔で言ってやる。本当はとても怖い。恐怖で震えそうになる身体を必死に心でコントロールして、縛り付けて、私は彼女と戦う。 「馬鹿なの? あんたは今から私に殺されるから教えてあげるけど、私はヤクザよ。蓮葉組の次期頭首。あんたと仲良しの霧島禅は、どっかの組の次期頭首なのよね? 私は、あいつが頭首になる前にその組を潰したいのよ」  ペラペラと笹塚真野は不満そうな顔で私にヤクザの内情を話してきた。本当に私のことを殺すつもりのようだ。  でも、彼女は禅さんが六道組だということまでは特定出来ていないらしい。ならば、まだ禅さんに逃げ道はあるかもしれない。 「だから、何のことですか?」 「しらばっくれるんじゃないわよ! あんたが生きてるってことが、あいつの証拠なのよ! 普通の人間なら、あんたが助けられているはずがない!」  本当に分からない、という顔を私がすると、彼女は逆上して銃を取り出し、こちらに突き付けてきた。 「ど、どうして、そのことを知ってるんですか? でも、私を助けてくださったのは刑事さんです」  声が震えたのは嘘じゃない。でも、ちょうど良かった。少しは言っている偽りの言葉も本物に聞こえるだろう。 「嘘よ。あんたはあいつに愛されてる。あいつの心は私の死でズタズタに引き裂いたはずだったのに、どうして平気な顔で違う女と一緒に居ることが出来るのかしら?」  くっと唇を噛む彼女に「あの人はあなたのことを想って、ずっと苦しんでいた」と言ってやりたかった。でも、私は隠し通さなければならない。 「そうだ、死んだはずの私から“愛しています”のメッセージカードが届いて、あいつはどんな感じだった?」  思い出したかのように笹塚真野が私に余裕の表情で問う。禅さんは見せてくれなかったけれど、あの小さな手紙には彼女からの愛の告白が書かれていたんだ。  それも、恐らく、しっかりと名前入りで。
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