偽りの花嫁は無を巡る

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「私、何も知らないんです、本当に」  首を横に振って主張する。手紙の内容を知らなかったのは、本当のことだ。 「嘘、絶対に嘘よ」  彼女の手元で黒い塊がカチャリと鳴る。 「信じられないから、こ、殺すんですか?」  今にも撃たれそうで、緊張から吐き気がしてきた。身体もガチガチで、思うように動かない。 「そうよ」  私とは真逆で、笹塚真野は悠然とした態度で顔に笑みを浮かべた。  ――とても気持ち悪い。でも、私はここで負けるわけにはいかない。自分の意思を貫き通さないと。 「……っ、なら、最後に少しだけ車を運転させてもらえませんか? 私、車が好きなんです」  この私の願いを単なる時間稼ぎだと、彼女は思うだろうか? 「何ですって?」  助手席で彼女が怪訝そうな顔をする。 「死ぬ前に運転させてください。もう少しで社長の秘書も来ると思いますし」  この人も秘書の流川さんが来たら面倒なはずだ。始末しないといけない人間が増える。 「なによ? 自分から死ぬ場所を選ぶとでも言うの?」  彼女の言葉は半分間違いで、半分間違っていない。 「私、死ぬのは怖くないんです。だから、一つだけお願いを聞いてください」  死ぬのは怖くない。でも、痛いのは怖い。……禅さんにはそう言った。本当は死にたくないのに。 「馬鹿な子。禅さんも変な子を好きになったものね。一周じゃなくて、港まで行ってもらおうかしら? その方が助かるわ。――変な真似したら、すぐに撃つからね?」 「分かりました」  ニヤリと口元を歪める彼女に、私は素直に答えた。でも……  ――馬鹿なのは、あなたも一緒だ。
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