偽りの花嫁は無を巡る

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 ◆ ◆ ◆ 「あいつのためだ」  暗闇の中で禅さんの声が聞こえた。私はどこかで横になっている。でも、目も開けられず、身体も動かせなかった。何も言うことはないけれど、何かを言いたかった。あなたの言葉を聞いていると伝えたかったのかもしれない。  勝手に涙が溢れて、ただ、それだけ。  急に走馬灯みたいに禅さんとの思い出が頭の中に溢れて、最初の頃のことなんて、笑ってしまう。どうして、あんなに仲が悪かったんだろう、って、思ったりして。でも、やっぱり、一から見ても、禅さんは優しかった。  手を伸ばせば、すぐそこにキラキラした思い出が集まってるのに、何故か、それが出来なくて、光っていたものが、どんどん崩れて、闇の中に消えていく。  禅さんの顔が思い出せなくなって、何も、無い……。  私は、ここに居て、何をしていたんだろう?  どこで産まれて、どこで育って、誰と一緒に居たの?  ――私は、一体誰なんだっけ……?
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