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そんなのは悲し過ぎる。もうたくさん悲しんで、我慢してきたのに、そんなのは堪えられない。そんなことをするなら、どうして、ここに来たの?
すっと禅さんの手から私の手が下に落ちる。このまま時間が止まれば良いのに。進みたくも戻りたくもない。ただ、この期待に満ちた空間の中に留まっていたい。
「……?」
落ちた手が禅さんの手に静かに拾われていく。両手でしっかり支えられ、今度は落ちることが出来ない。
「大丈夫だ。生涯、一緒に居る」
ベールの向こう側で、禅さんが微笑んでいる。
「でも……」
これは夢なんじゃないかって思ってしまう。
「あとで説明する。心配するな」
禅さんの優しい瞳が、本当だと言っている。私の手を強く握る手が、偽りはないと言っている。もう疑う必要なんてない。――私、あなたのことを信じます。
「私、駒田都築は霧島禅さん、あなたを生涯の夫とし、健やかなるときも、病めるときも、豊かなときも、貧しいときも、あなたを愛し、そして、命の限り、神の掟に従い真心を尽くし、今……、心を明け渡すことを誓います」
――あなたに私の心を明け渡します。
「次に指輪の交換です。この指輪はあなた方の愛の印になります」
牧師様の持っているシンプルな銀色の指輪を見て、そういえば、いつの間にか禅さんにもらったサファイアの指輪が無くなっていた、と思った。あれは、禅さんが私の意識が無いうちに持っていったのだろうか?
そう思っている間に、牧師様から禅さんに銀色の指輪が渡り、それから彼は私の左手の薬指にそっと嵌めた。そして、今度は牧師様から私に指輪が渡り、そっと禅さんの左手の薬指に嵌めていく。
「それでは、誓いのキスを」
牧師様の合図で、禅さんが私のベールをゆっくりと丁寧に捲り、初めて、すべてがクリアに見えた。真っ白な教会の壁、高いドーム状の天井、綺麗で色鮮やかなステンドグラス、私の世界にやっと色が付いた気がした。
そして、ずっと触れたかった大きくて温かな手が私の頬に触れ、ずっと触れたかった皮肉ばっかり言う優しい唇が私の唇に触れた。
「新郎と新婦の両名は神の前で夫婦となることを約束いたしました。故に私は父と子の聖霊の御名において、ここに両名が夫婦であることを宣言いたします。アーメン」
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