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私と禅さんは賑やかな街を歩いている。足元の石畳がゴツゴツとしていて、少し歩きづらい。でも、禅さんは照れて手を繋いでくれない。
「禅さん、手、手繋いでください」
仕方なく、私から催促をする。
「はあ……。ほら」
深い溜息を吐いて、禅さんは渋々といった様子で私に手を差し出した。
――ふふっ、素直じゃないけど、繋いでくれた。
羽根でも生えたかのように心が舞い上がる。でも、周りを見て、もっと催促をしたくなった。
「ぜ、禅さん、ぎゅって、ぎゅってしてください」
「ここでか? ――はあ……」
私の言葉に足を止めてビックリしたような顔をして、それでも、また深い溜息を吐いて、禅さんは私の右手を握ったまま正面からぎゅっと抱き締めてくれた。
――これは、禅さん、もっといけるかもしれない。
「禅さん、キス、してください」
「お前、この国に感化され過ぎなんじゃないのか?」
浮かれた心で催促すると、さすがに禅さんは躊躇った。
「だって、愛の国、イタリアですよ?」
躊躇う彼に「当然でしょう?」みたいな言い方をしてやる。
実は禅さんの提案とは、蓮葉組は潰れたけれど、念のために暫く外国を点々とすることで、私たちが今暮らしているのはイタリアなのだ。別に急遽外国に移住してもおかしいことは何も無い。何故なら禅さんはヤクザの若頭であり、“貿易会社の社長”なのだから。
もちろん、色んなことが自然と落ち着けば日本に帰ることになっている。禅さんの両親が煩いらしい。それが、今まですぐに外国に行けなかった理由でもある。「後のことは後で考えれば良い、組の大黒柱は俺だ」と言って、札束をドカンと置き、ご両親に短期の海外移住だけは認めさせたのだから、禅さんは凄い。
一方、無力な私はこの生活を長期の新婚旅行くらいに思っているのだけれど、そんなことを言ったら、仕事をしている禅さんには怒られてしまうだろうか?
「皆さん、気にされてないみたいですし」
身体を離して、禅さんにムッとした顔を向ける。
この国では挨拶でもキスをするし、それでなくとも皆、そこら中でハグもキスもしているし、それを見ているとウズウズして仕方がないのだ。
「私のこと、好きじゃないんですね……」
今度は悲しげな雰囲気で呟いた。私は、こんなことを言う人間ではなかったから、感化されているというのは認めたいと思う。
「お前、あとで覚えておけよ?」
「ふふっ。――んっ」
わざと脅すようなことを言うけれど、禅さんのキスはとても優しくて、とても甘かった。
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