幸の薄さを胸で判断しないでください

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「失礼します」 「あ……」  ――まだ全部書けてなかったのに……。飼われるつもりはないけど。  頭を軽く下げて部屋から出て行ってしまった流川さん、その後を名残惜しそうに見つめてしまった私の横で、霧島禅がソファの背もたれの方に軽く腰掛けてタバコを吸い始めた。タバコの臭いが嫌いな私は自然と彼から離れた、はずだった。 「どうして離れる?」  即座にバレて鋭い視線と言葉が私に向かって飛んできた。 「あの……私、タバコの臭いが好きじゃないんです。過去に色々ありまして……。いえ、猫ちゃんにも害になりますよ?」  ギクッと反応しながら私が言葉を紡ぐと「はあ……」と深い溜息を吐いて、急に彼がスッと立ち上がった。どこに行くのだろう? と黙って目で追っているとシンプルなステンレスのゴミ箱の前で立ち止まり、突然、タバコもジッポーも捨ててしまった。  キッチンの棚の中にあった未開封のカートンもそのまま捨てていく。捨てる度にガコン、ガコンとゴミ箱が揺れ、やがて静かになった。 「タバコ……」 「猫のためだ」  元居た場所に戻って、彼が「お前のためじゃない」という視線を私に向けてきた。  詳しい正体は知らないけれど、彼は極悪人…… 「流川、部屋のクリーニングを業者に依頼しろ」  私から視線を離さないまま、今度はスマホで流川さんに電話をしているようだ。クリーニングということはイコール部屋からタバコの臭いを消そうとしているということになる。  ――極悪人……なのよね?
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