幸の薄さを胸で判断しないでください

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「潜入捜査官?」 「はっ、馬鹿か、こちらは潜入される側だ」  ソファの方から移動してきた彼は私の前に仁王立ちして、冷ややかに鼻で笑った。  ――地味に今サラッと全部バラしてるじゃないの、この人! 「自己紹介がまだだったな。霧島貿易会社取締役社長、霧島禅(きりしまぜん)だ。まあ、表向きはな。裏の顔はヤクザだ。六道組次期頭首、六道禅(ろくどうぜん)。お前には禅様と呼ばせてやる」  私が間抜けな顔で唖然としている間に彼の自己紹介が終わっていた。最初から全て言うつもりだったのだろう。この一連のネタばらしも、わざと遅らせて楽しんでいるように思えた。 「様、なんて付けません。禅……さん、と呼びます」 「まあ、良いだろう」  あー、ずるい。そんなにちゃんと自己紹介をされてしまっては、こちらも礼儀的にちゃんと返さなければならない。だから、そんなに私のことを見つめているのでしょう? 「こ、駒田都築(こまだつづき)です。……無職です」  二度目に名乗ってあげるつもりなんて無かったのに。しかも、名前を言ったあともジッと見つめてくるから、職業欄も付け足してあげたけど、彼はもう私が仕事をクビになったことを知っているんだった。  彼はただ、私の不幸さを言葉で実感して楽しみたかっただけだろう。私が私の不幸を自分で言うところを見たかっただけに違いない。 「駒田都築」 「え、ちょ、なんで脱いで……」  私の名前をフルネームで呼びながら、“禅さん”が突然、私の目の前でスーツを脱ぎ始めた。
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