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「私……」
タバコが嫌いな理由をあなたに話してどうなるのか、とも思ったが、話さなければ自分の嫌いな“煙”の中にいつも居なければならなくなる、そう考えたら、それは恐怖に結びついた。だから、私は彼に話すことに決めた。
「私、孤児なんです。物心ついたときには施設に居て、両親は既に他界していました。十歳のときに一度だけ、里親に貰われたことがあるんですけど」
そこで一旦、唇が動くのを躊躇った。目を瞑ると、当時の状況が脳裏に浮かぶ。
濁った“煙”の世界、響く怒声、……痛み。
「父親……、世間で父親と呼ばれるその人間が私に毎日暴力を振るっていたんです。その人がタバコを吸っていて、そのときのことを臭いで思い出してしまうので、嫌いなんです。別に憐れんでほしいとか思ってるわけではないので、聞き流してもらっても構わ……」
「すまなかった」
喋り終える前に、私は彼にふわっと抱き寄せられていた。その声がとても柔らかくて、どれが本当の禅さんなのか、分からなくなる。これは、嘘なのだろうか?
私が心を惑わされそうになった瞬間、ガタンッ、ガランガランと凄まじい音がした。視線を巡らせて理解する。流川さんが部屋の入口でステンレスのゴミ箱を落としていたのだ。
「今……、謝ったんですか?」
ゴミ箱を落としたままの手で、唖然とした顔がこっちを見ている。
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