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◆ ◆ ◆
爽やかな風が吹いている。今日の天気は快晴。久しぶりに外の自由な空気を吸った私は心が踊っていた。
「遅い。さっさと歩け」
目の前に、この、俺様が居なければ。
「歩幅が違うんですから、私に合わせてくださいよ」
後ろを必死に付いて行きながら、私は禅さんにボヤいた。そもそも足の長さが違うのだから、合うはずがないのだ。ずるい、足が長過ぎる。
「俺に合わせろ」
自己中心、全然私に合わせてくれる気配がない。長いスラッとした足でどんどん前に歩いて行ってしまう。
「なんで、ついてきたんですか」
もう嫌だ、と立ち止まり、彼に尋ねる。これから向かっているのは私が三日前まで住んでいたアパートだ。自分の家なのだから、一人で帰れる。
「お前に逃げられると困る」
同じように立ち止まって、禅さんが真顔で言った。
――はいはい、安眠枕ですものね。まだ不眠症の理由は聞いてないですけど。
にしても、少しはその言葉に何かの感情を込めたらどうなのか。
「私のお願いを一つ聞いてくれるんじゃなかったんですか? 私は家に帰りたいと言ったんですけど」
これでも頭を使ったつもりだ。お願いを聞いてくれるということは、禅さんとの繋がりを完璧に切ることは出来なくても、元居た場所で暮らすことくらいは出来るだろうと考えたのである。だって、この人、意地悪なんだもの。
「荷物を取りに、な」
ほら、また始まった。
「勝手に決めないでくださいよ」
「俺は、願いを“一つ”と言ったんだ」
「はい?」
「一つだ。お前の願いは家に帰りたい、だったな。なら、お前を家に戻したあと、そこからはお前を飼っている俺に権限が移る。つまり、一度家に帰ったら、荷物を取ってお前を俺の部屋に連れ戻すことが出来るってことだ」
「なっ」
――この屁理屈魔王!
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