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「私が昔から言われている自分の悪い点といえば、人との距離を誤りがち……、だとか」
仕事がキツすぎて、職場で私が泣いたのがきっかけだったような気もするけれど、私が人の出入りが激しい孤児院育ちで皆家族だと思っていたから、未だに人との距離感が上手く調整出来ない、というところも原因かもしれない。
私は娘みたいに可愛がってもらっているものだと思っていたけれど、どうやら木村さんは私を愛人にしたかったみたいだ。途中でそれに気付いて、頑張ってこちらから距離を取ろうとしたけれど返ってストーカーになってしまった、というのが事の経緯だ。
「分からなくもないが」
――ん?
「気に食わんな」
ぼそりと呟いて、禅さんが木村さんの方を見た。もしかして、表の人間である木村さんに自分の本性を見せてしまうのでは、とドキドキしてしまう。
「このアパートを燃やしたのは、あなたですか?」
セーフ。喋り方は印象の良い若社長。
「そうさ、俺が燃やした。だって、駒田さんが俺から逃げるから。――駒田さん、住む部屋が無くなってしまったね。俺が部屋を借りてあげるから、一緒に行こうよ」
こちらに歩いて来ながら木村さんが言う。彼の言動は完全に常軌を逸している、と思った。私が禅さんと手を繋いでいることにも気が付いていないみたいだ。
「馬鹿が」
木村さんに聞こえないように呟く禅さんの声が、私には聞こえている。
「あの、私が、自分でなんとかしますから」
ちょっと怖くなってきて、手が震え始めていたけれど、自分でなんとかしなければ、と思った。禅さんは表の人間に裏の顔を見せてはいけないのだから、ここでゴタゴタを起こしたら大変なことになる。なんとか彼のイライラを収めて、木村さんとも和解……というか、どうにかしないと。
「お前は黙ってろ」
耳に押し殺したような声を吹き込まれ、背筋がゾクリとする。これは本当にまずいことに……。
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