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「……っ」
突然、酷い吐き気に襲われ、私は真後ろにあったトイレに駆け込んだ。まだ何も胃に入れていなかったことだけが救いだった。吐く動作だけで済んだ。
「おい、どうした?」
後を追ってきた禅さんの声に被って、ぼーっという低い耳鳴りが聞こえる。
「お願い、近寄らないで……」
何故だか、こうなってもなお、意地でも禅さんには近付いてほしくなかった。驚いたような、困惑するような、そんな瞳が扉のところから私を見ている。
「若、おはようございます。少し早いんですけど……って、どうしました!?」
最悪だ。流川さんが来た。禅さんと同じ顔をして止まっている。
「……ぅ」
また吐き気がして嘔吐く。
「お前、もしかして……」
ぼそりと禅さんが呟く声が聞こえた。
分かってる。妊娠したのか? とか馬鹿なことを言うんでしょう? また私に自分から処女だって言わせるつもりですか?
「若、妊娠させたんですか!? あれほど、気を付けろって教えたのに!」
妊娠を疑ったのは流川さんの方だった。頭が痛い所為なのか、流川さんがお母さんみたいに見えてくる。私、お母さん、見たことないけど。
「違う。こいつは処女だ」
今、改めて処女だって信じられても、全然嬉しくない。それなら私自身をもっと信じてほしい。
「あれ、だな。――流川、お前、そいつのこと暫く見てやれ」
「見てやれ、って、どこに行かれるんですか? どうしたら良いんですか?」
「分からん」
二人が何やら慌ただしくしているけれど、私はついに立っていることも座っていることも出来なくなって、その場にゆっくりと倒れ込んだ。
重たい瞼が閉じていく。視界の隙間で禅さんが居なくなるのが見えた。私を置いて、逃げたんだと思った――。
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