8 ハニーミルクと初めての夜

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「どうして……」  思わず出た言葉に咲良ちゃんは私の方を向いた。 「やっぱり私の世界観にぴったり合うのは、二人だから」  そう言って笑った咲良ちゃんはさっきよりもとても満足そうに見えた。  理久は神妙な顔でこちらに歩いてくる。胸の鼓動が収まらない。理久はブラックタキシードを着ている。髪は後ろになびいて耳にかけられ、いつもとはまるで別人みたい。私をまっすぐに見つめる熱っぽい視線も、総てが花婿だった。 「ここに座って。向かい合って」  そう言って咲良ちゃんは白い布で隠されていたものをどけた。そこに置かれていたのは赤と黒に染めた薔薇の花が散らされたダブルベッドだった。 「この作品のタイトルはもう、決めてあるの。《初めての夜》って」 「ああ、ちょっと待って。僕が着替えた意味はそこにあるのかな……?」  情けなさそうにパンツ一丁の村坂さんが咲良ちゃんに尋ねた。 「いいえ。時間稼ぎよ」 「!」 「だって、理久が目覚めて決心して着替えて、こっちに来てくれるまでどれぐらいかかるかわからなかったし。どうせ待つなら面白い方がいいじゃない?」  そう言って悪戯っ子の様に微笑む咲良ちゃん。してやられたと呟いた村坂さんは慌てて前を隠しながら着替えスペースに戻って行った。 なんだか、村坂さん、可哀そう……。 「理久、来てくれてありがとう」  咲良ちゃんは凛とした声で言った。 「ごめん……これは咲良の為じゃない」 「わかってる。他の誰でもない自分がそれを着たかったから、よね?」  はっとして理久を見つめた。理久も私を見ていた。理久は私の頬にそっと手を伸ばした。指先が少し震えている。 「……理久?」  理久は何も言わず、私の頬を包んだ。 「咲良と別れた。優菜、俺は優菜が好きだ。誰にも触れさせたくない」  心臓が一際大きく身震いした時、理久と唇が合わさった。
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