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第2話 双子の妹は受付嬢
家の中で帰宅時間が一番遅い私は起きるのも当然遅い。
欠伸をしながら、階段を下りてキッチンに入っていくと双子の妹の凛々子が大騒ぎしていた。
「やだー。時間ない!あ、ちょうどいいわ。菜々子、おにぎり作ってよ」
「ええええっ!」
どうして私が凛々子のおにぎりを作らないとだめなのよ!?
両親は無言で、ちらりと私を見ていた。
仕方ない……。
両親も働いていて忙しいので、おにぎりを作ることにした。
でも、私だってアルバイトとはいえ、働いているんだけどな…。
「髪の毛が跳ねて、なおらなーい」
「あらあら。凛々子は身だしなみに気を遣うから、時間がかかるわね」
「凛々子みたいなのを女子力が高いっていうんだろ?」
両親は双子の妹の凛々子に甘い。
昔から、凛々子は甘え上手だった。
そう思うと、双子なのにちゃんと姉と妹にわけられるものなんだなーって思う。
「凛々子は沖重グループの受付にいるんだろ」
「そうよ。だから、菜々子みたいに髪の毛をぼさぼさのまま、出勤なんてできないの」
はいはい、すみませんね。
三角巾したら、髪の毛なんか見えないんだよっ!
マスクしてたら、メイクもいらないよ!
時短だよ!
そして、私は掃除のアルバイトで沖重グループにいますけどね―――と思ったけど、余計なことを言わずに黙っておいた。
また、バカにされるし。
凛々子には沖重グループで掃除をしていることは内緒にしていた。
まあ、親も妹も私のアルバイトには興味ないから、誰も聞きもしない。
「おにぎりできたよ」
「そこに置いといて」
まずはお礼でしょ…。
相変わらずの我儘ぶりに呆れながら、コーヒーを飲むためにお湯を沸かした。
「沖重グループってすごいのよ。バイトの菜々子にはわからないかもしれないけど、取引先も大手ばかりだし、有名銀行の偉い人もくるし」
「へー」
適当に相槌をうっていると、親は目を輝かせて凛々子を見ていた。
「凛々子を大学に行かせて正解だったな」
「本当ね、一流企業に就職するなんて、すごいわ」
「菜々子は努力をしないから、だめなんだ。お前はまだバイトをしているのか?」
「結婚させたほうがいいかしらね」
父の収入が減り、学費を払えず、大学を中退させたことは二人の記憶からすっぽり抜けているようだった。
都合の悪いことはなかったことになるいい例だよね。
しかも、私は食費や光熱費を毎月、家に入れているけど、妹は入れていない。
凛々子が言うには一流企業に働いていて、付き合いもあるし、化粧品や服を買わないとダメだから、生活費に回す余裕がないらしい。
確かに私はそんなにいらないけど。
「それじゃ、いってきまーす」
「凛々子、いってらっしゃい」
「がんばれよ!」
二人は凛々子に明るく声をかけ、自分達も慌ただしく出勤していった。
掃除のアルバイトは10時から。
朝はのんびりでいいし、アルバイトだから確かに気楽だけど。
皆が食べた後の食器を片付けた。
「なんだか不公平だよね」
ぽつりとつぶやいたけど、誰もいない部屋には聞いている人は誰もいないのだった―――
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
マスクよし、三角巾よし、メガネよし!
今日も腰をやっちゃったシゲさんがいなかったため、社長室フロアに入った。
掃除をしたいのに化粧室では秘書室の人達が化粧を直していて、入れずにいた。
異様な雰囲気で、能面のような表情のまま、全員口を利かない。
な、なんでだー!?
すたすたと無言で秘書室に入って行った。
「なんか……殺伐としてたな…」
鏡をふき、ごみを回収してっと。
化粧室の掃除が終わると、廊下に移動した。
ちょうどお昼の時間らしく、社長室のドアがちゃりと開くのと同時に秘書室のドアも開き―――
「社長、お昼ご一緒します」
「ずるーい。私も」
「社長はなにを召し上がりますか」
社長らしき人に人だかりができて、どんな人なのか、見えなかった。
「ねえ。みんなで一緒にランチにしましょうよ」
「まあ、それがいいわね」
「私達、仲いいんですー」
ええええっ!?さっきまで口を利いていませんでしたよね!?
きゃあきゃあと秘書室の人達は表向き仲良さそうに話しながら、歩いて行った。
女の戦いが凄すぎて言葉も出なかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「和栗フェアが始まるから、デザート係の人はマニュアルを見ておいてくださいね」
「はーい!」
和栗フェアは大好きだから従業員食で制覇する予定。
楽しみだなー。
和栗モンブランでしょ、和栗とほうじ茶のわらび餅入りパフェに和栗クレープと胡桃いりブラウニーの盛り合わせなどなど!
「菜々子さん、今年もしましたね。和栗フェア!」
「いちごフェアも好きだけどねっ」
「わかります。いちごと並ぶ人気ですからねー」
女子高校生のバイトの子とデザートで盛り上がった。
はー。今日の殺伐とした空気が嘘のよう。
「菜々子ちゃん。今日の従業員食何にする?」
「テイクアウトでカツサンドとフライドポテト、チーズケーキ、アイスティーでお願いします」
「がっつりいくね。その食欲、嫌いじゃない」
キッチン担当のおじさんがうんうんとうなずいていた。
ふっ。
ホールの大食い四天王の名は伊達じゃないってことよ。
自慢にならないけど。
テイクアウトを作ってもらい、いつものベイエリアに向かった。
暗い海を眺める人がいた。
昨日の人だとわかったけど、なんか疲れているみたいだった。
今日は今日で、またなんかあったのかな。
サラリーマンって大変そうだなあ。
「また海を眺めているんですか」
声をかけると、ゆっくり振り返った。
「なんだ。お前か」
「お疲れですね」
「大人にはいろいろあるんだよ」
たいして年齢変わらない気がするんだけど。
まあ、いいか。
「よかったら、カツサンドとフライドポテトたべます?」
はい、とカツサンドを一切れあげた。
「ちゃんとご飯、食べないと元気でないですよ!」
「はあ、バイトに励まされるのか」
「バイトをバカにしないでくださいっ!」
「してない。がんばってるな。少なくとも俺の会社の秘書室より、仕事しているよな」
うん?
なぜか、今日の秘書達を思い出した。
あんな人達がいたら、確かに仕事に集中できないかも。
「秘書室あるんですか」
「ああ。―――って名刺を見ろよ!」
「宮ノ入グループ海外開発事業部部長?」
「ああ、それは古い方だ。新しい方の名刺入れ、忘れたな」
「ぷっ!ドジですね」
「う、うるさい!」
「でも、すごいじゃないですか。宮ノ入グループとか大企業ですよ」
はー。こんな、ドジそうな人が部長!
もっと部長っておじさんがやるものだと思ってた。
「名刺、渡したのに電話くらいしろよ」
すっかり忘れていましたとは、言えなかった。
「そんな気軽に電話しませんよ」
「ご飯、奢ってやるって約束しただろ」
「別にいいですよ。恩にきせようなんて、思ってないですから」
「変なやつ」
それはこっちのセリフだと思うんだけどなあ。
名刺もらっただけで、電話?
そんな図々しいことしないでしょ!
確かにイケメンでモテそうなお兄さんだけどさ。
私はそんな自分から電話をかけるような積極性も勇気もない。
「なあ。バイト、いつ休みだ?」
「土曜日なら、バイト休みですよ。オフィス街のファミレスだから、土日は比較的暇なんですよね」
「土曜日なら、なんとかなるか。それじゃ、土曜日夕方五時にここで待ち合わせな」
「はあ。いいですけど」
「いいか。菜々子。子供がなかなか入れないような高級店に連れてってやるからな!」
なにその捨てゼリフ!?ガキ大将!?
どっちが子供かわからない。
「雅冬さんかー。面白い人だなー」
なかなか楽しい人と知り合ったなーと、のんきにそんなことを思っていた。
まだこの時は。
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