現実

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現実

翌日、"やっぱりやめます"の返事が来ないかとSNSに張り付いていたが、そんなことも無く朝はやってきた。 やばい!着る服がない! ガバっと布団の楽園から抜け出す。デート?なんて何年ぶりかのことで、会社で着ていた服はこの数ヶ月で着れなくなってしまった。 ダイエット、ダイエットなんて口にしても、布団の中の居心地の良さに甘えまくった体が恨めしい。 とりあえずタンスの中の物を全部出す。ホコリ臭ささがうっすら漂い悲しくなったが、ゴミ山からマシなものを探す。一昔前はサイズに余裕のあった時代遅れのワンピに袖を通す。お腹の出っ張りは気になるが一応は着れた。新しい服を買う金などないのだから我慢するしかない。 服が決まったので次は風呂だ。 風呂などは、三日に1度の贅沢になっていたが、人に会うのに入らないわけにはいかない。 シャワーを浴びながら、ムダ毛を処理していく。ちょりちょりと無くなっていく毛に、女に戻れたような錯覚を抱いた。 18時42分。 約束の時間前についてしまった。 あの後は、ダラダラとお昼を過ごし、僅かに残っていた化粧品でひどい顔から、まだマシの状態まで整えた。ショックだったのが、数ヶ月スキンケアをサボっただけで、ボロ布になっていたこと。鏡の中の荒れ果てた姿に泣きたくなった。 "タカ"にはメッセージでどのような服装か伝えた。返信は無かった。相手も本気にするとは思わず困惑しているのかも知れない。ドタキャンしてくれたらいい。それなら久しぶりに外の空気を吸いながら、ゆっくり歩いて帰ろう。 今日ならこれからのことを考えられるかも知れない。ボーっとそんなことを考えていたら、 「するめいかさんですか?」 メガネで小太りのスーツ男に話しかけられた。 「はい、"タカ"さんですか!」 人と話すのも久しぶりで、声量がおかしい。"タカ"らしき男の顔が歪む。 そんな顔するなよ…。ブスなのは知ってるよ! お互いに後悔という空気が流れ始めるが、"タカ"が先に切り出した。 「どこかで食事でもしますか?」 「近くに美味しいラーメン屋があるんです」 女を誘うのにラーメンかとも考えたが、今の自分が胸張って女だとは言えない自覚があったし、ラーメンならそこまでお金がかからないから助かった。 「はい、お願いします」 「じゃあ、こっち」 案内されるままに歩いて行くと、少し人通りの少ない脇道の方に向かって行く。 だんだん不安になってきた。襲われた時のシミレーションはしてきたが、本気で抵抗できるだろうか?怖くてうごけなくなったら? そんなことを考えていたら、"タカ"に肩を掴まれた。ビクっと体が震える。 「ここです」 "タカ"が示した場所には、屋台のラーメン屋が薄暗い路地にひっそりと赤い提灯を灯していた。 「ボロいけど、美味しいですよ。特に醤油ラーメン。見た目通りの味で、余計なものがなくて」 そう言いながら暖簾をくぐり、注文する。少しの躊躇の後、はるかもラーメン屋の暖簾をくぐった。 「じゃあ、私も醤油ラーメン一つ」 さっきまでの緊張はなんだったのだろう。よく知らない男とラーメンを食べるという訳の分からない状況がむしろ私を冷静にした。ラーメンが来るまでの間に聞きたかったことを聞いてみる。 「どうして私の誘いにのったんですか?」 「ただ、暇だっただけです」 「ガッカリしてましたね」 「はい、ガッカリはしました」 こいつ…。 正直は美徳だとは思うが、腹は立つ。 「あなたもなんだかガッカリしてましたよ。まぁ私じゃ、あなたの世界は変えられないですがね。神さまは正月にしか信じてませんし、この程度の外食が精一杯の貧乏人です」 その言葉にハッとした。この男は事情は分からないなりに何かを察しているのである。 それはそうだ。 自分のことは自分でしか解決しない。 突然連絡をとってくる者がまともな気持ちで近づいて来るわけもない。 それでも会ってくれたのだ、この男は。 「私、有り体に言って派遣切りに合ったんです。人見知りで、使えないやつなんで仕方ないんですけど…。それでも失業保険で何とか生きてたんですが、もうすぐ終わっちゃうんです。ハロワの人にはちゃんと就職活動しろって怒られるし。当たり前ですけど」 「当たり前ですね」 あはは…。アレ、コレは私の笑い声。数ヶ月ぶりに笑ってる。涙出そう。泣くわけにいかないので、グッと我慢。 「ハイ、ラーメン二つ出来上がり!」 タイミングよく登場した醤油ラーメンは、ホントに何の変哲もない普通のラーメンで、なんだか嬉しくなる。 本当にすごく美味しいわけでも、不味いわけでもない。コレは醤油ラーメンだ。 汁まで一気に食べつくして、口からほぅっと息を吐く。 あぁ、幸せだ。 「勘定は別で」 ニヤリと"タカ"はラーメン屋の主人にお金を払った。 ふん!コレぐらいは払えます。 寧ろ何があるか分からないから、銀行からお金は下ろしてきました! 心の中で息巻いて、はるかもラーメン屋へ勘定を払った。 「さぁ、帰りますか?そこまで遅い時間でもないし自分で帰れますよね?」 まったく、どこまでもいけすかない野郎だ。でも、はるかだって送ってもらう気などない。ごはんを誰かと食べれた、もうそれで充分だった。 「ありがとうございました。 さよなら」 素直に感謝して、はるかの方が先に歩き出す。 「聞かないんですか?」 背中から、思いがけず"タカ"に声をかけられる。 「何のことですか?」 聞き返すと"タカ"は少し困った顔をした。 「なぜ縁もゆかりもないあなたのページに足跡を残してたか、です」 そう言えば事の発端はそこであった。でも、はるかはそんな事は今更どうでも良かった。はるかは少し手を挙げて、サヨナラと歩きだす。 「ぼくも見つけて欲しかったんです。誰かに、ぼくはここにいるんだって知ってて欲しかった」 はるかはもう立ち止まらなかった。 誰もが一人で、頑張っていかなければいけないのだ。 一人で。 また、足の腹がピリリと痛んだ。 あぁそうか…。これは魚の目だ。 気づくと目から涙がポロリと溢れた。でもそれ以上は許さない。まだ、号泣するには始まってもいない。 バスに揺られながら、家の近くのドラッグストアに寄って帰ろう。そんなことを考える。 [退会しますか]の文字に指をそっとおいた。
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