第二話 身体チェック~千代田朔~

3/4
前へ
/19ページ
次へ
 綺麗……。  蛍石に()()れる朔をよそに、紫月は部屋の中を()(わた)して何か考え込んでいる。時々息を()いては首を(かし)げたり、低い声で(うな)ったりして、えらく難しい顔をしていた。 「うーん……」 「紫月さん……、何かわかりました?」  朔はペンダントを紫月に返して、恐る恐る聞く。悪夢を見るのはこの家のせいかもしれない、というのが、朔の予想だ。 「朔……。この家にいて何ともない?」 「何ともなくはない……です」 「そうか。あのね……、怖がらないで聞いてほしいんだけど、この家の中にも結構いるよ」 「えっ……」 「しかも、これ……。全部蛇だね」 「えぇっ!」  途端に、全身に(とり)(はだ)が立った。 「あぁ、大丈夫。この程度の()(もの)なら簡単に祓えるから。……にしても、まぁ、見事な数だ。さてはこいつら……。ここで増殖したな……」 「ぞうしょ……く?」 「蛇は卵を産んで増える特性があるからね……」  (ひと)(ごと)のようにそう言った(あと)、紫月は朔をじっと見つめた。あまりに鋭く真っすぐなその視線に、朔はまた目を()らす。 「朔。君以外で、この家に()()りした人は他にいる?」  朔は少し考えてから、かぶりを振る。この家にはまだ親でさえも通したことはなかった。 「……そうか。それは幸いだった。誰かがもしここに入ったら、朔と同じように(たた)りをもらってたかもしれないよ」  紫月は笑みを浮かべ、また湯飲みに口を付ける。穏やかな口調で、笑いながら話す内容でもない気がしたが、そういう柔らかい紫月の(ふん)()()は嫌いではなかった。紫月はその口調のまま、さらに続けて言った。 「生霊っていうのはね、案外死者の霊よりもずっと(やっ)(かい)なんだ。生きている人間から(はっ)せられる念は強いし、死者なんかよりもずっと粘着気質だったりする。(ほう)って置けば無限に増えるし、念も強くなる一方だしね。朔はまだ完全に(ひょう)()はされていないみたいで良かったよ。不幸中の幸いだ」  霊。憑依。祟り。今、紫月の話す言葉はどれもあまりに(とっ)()だ。到底(とうてい)理解の及ばない紫月の話を聞きながら、朔はただ、そこにいて(あい)(づち)を打つしかなかった。 「彼らは今、みんなで寄ってたかって朔に完全に()()こうとしてる。()わばここは、蛇の巣ってとこかな」 「へ、蛇の巣……ですか」  それを聞いた瞬間、背中がぞわっとした。まるで、自分の背中をたった今、蛇が()って行ったかのようだった。 「それじゃあ……、この家のせいじゃないんですね」 「あぁ、この家はただ古いだけ。でも、古い家には悪いものも良いものも憑きやすくなるんだよ。たぶん、朔が見ている悪夢っていうのはこいつらのせいだ。彼らにとっては、朔が寝ている(さい)(ちゅう)が絶好のお食事タイムなんだろう」 「お食事……」 「夜間(やかん)、眠っている(あいだ)っていうのはどうしても()(ぼう)()になるだろ。彼らはその(すき)に、朔の生気(せいき)を吸い取って力を付けてるんだよ。そのせいで朔は悪夢を見てる。朔がこのままここにいれば、やがて完全にとりつかれて、体を乗っ取られてしまうかもしれない」  思わず()(ぶる)いをした。乗っ取られる、という状態になった時、自分が一体どうなるのかはわからないが、少なくともそれは気持ちのいいものではないはずだ。 「じゃあ、やっぱり……、早いとこその悪霊の大本(おおもと)を探さなきゃならない、ってことですか」 「そういうこと。そうしないと、延々(えんえん)いたちごっこになるだろうからね」  朔は落胆し、顔を(うつむ)かせる。その話が本当なら、その大本が誰なのかが明らかにならない限り、朔はもう一生こうやって悪夢と毎夜(まいよ)戦い続けなければならない、ということになる。 「絶望的だぁ……」 「そう落ち込まないで。ほら、そういう時の為のお祓いだろ?」 「お祓いかぁ……」  本当にそんなのが効くのかな……。 「とりあえず早いとこ、ここにいるのをみんな()(ぱら)っちゃおうか。あ……、そうだ。始める前に料金の話だけしとこう」  紫月の言葉を聞いた朔は、ハッとして顔を上げた。  あ、そっか……。お金払わなきゃいけないんだった………。  代金の支払いももちろんだったが、朔は今日、占いやお祓いの相場(そうば)というものも一切何も調べないまま、この男に依頼をしていた。一瞬ヒヤリとしたが、幸い今日は給料日の(あと)で、財布はそこそこ(うるお)っている。いくら高額でも、その中身が空っぽになるようなことにはならないだろう。――と予想して、朔はホッと息を()いた。 「いくらくらいなんですか?」 「うーんと……、その足に(から)まってるのと、この家に巣食(すく)ってるので……、そうだなぁ……」  紫月は湯飲みに口を付けてお茶をすすってから、少し考え込んだ。 「ざっと……、五十、くらいかな」 「ごぉっ……! ごじゅ……!」  想像していた金額を大きく上回っている。朔はごくりと(つば)()んだ。
/19ページ

最初のコメントを投稿しよう!

10人が本棚に入れています
本棚に追加