第三話 アブナイ霊媒師~千代田朔~

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「朔……、()っちゃったね」  低い声でそっと囁かれ、熱い吐息が耳にかかる。肌がゾクッと粟立(あわだ)った。ドクドクと高鳴る心臓の音が、さらに速くなる。 「や、です……。見ないで、ください……」  (かり)にも成人男性であるのに、なんて恥ずかしい恰好(かっこう)(さら)していることだろう。本当なら今すぐどこかに身を隠して、一人、膨れ上がっているその場所に()れて(しご)いて、一気に絶頂へと昇りたいものだ。だが、きっと紫月がそうはさせてくれない。かと言って、この状況で紫月にそれを頼むわけにもいかない。 「も……、やめっ……」 「ダメ」  紫月は手を()める気はまるでなさそうだった。――が、不意に朔の胸の突起を撫でていた手は離される。唇も同時に離された。やっと解放される、とホッとするのも(つか)()。紫月は手をゆっくりと腹の(した)へ移していった。 「すごく窮屈(きゅうくつ)そう……。ここ、(さわ)ってあげようか」  朔はギョッとしてかぶりを振る。 「やっ……! いいです……っ!」 「大丈夫だよ。任せて」 「や、あ……っ、ダメだってばぁ……!」  がっしりと片腕で体を()かれたまま、もう片方の紫月の手が朔の(また)(あいだ)へ伸びていく。  待って……! 今、そこ(さわ)られたら僕……、もう……!  紫月の手の平がグッとその(ふく)らみに当てられた瞬間――。体の奥から()まりに()まった熱の渦が勢いよくせり上がってくる。朔はもう、それを抑えきれなかった。  ホントに……、イッちゃうよぉ……っ! 「やあぁ……ん、あぁ……っ!」  ビクンッ! と全身が脈打つように痙攣(けいれん)する。と同時に、(こら)え切れなくなった股の間のそれは、服の中で濃密な熱を()き出してしまった。その(あと)はすぐに、脱力感がやって来る。朔の理性を壊した紫月の手はそこに当てられたまま、動きを()めていた。しん、と静まり返った部屋の中では今、朔と紫月の荒くなった呼吸だけが響いている。だらんとしてしまった朔の体は、また紫月にぎゅっと抱きしめられた。頭の中は真っ白になって、何も考えることができないまま、ただ恍惚(こうこつ)とした余韻(よいん)だけが残った。 「朔……、もしかしてイッちゃった……?」  果てたばかりの脱力感に(くわ)えて、今のこの状況があまりに恥ずかしくて、朔はもう(うなず)くこともできなかった。 「ごめん……。パンツ、汚れちゃったね」 「し……、紫月さん……」 「ん?」  朔は呼吸を必死に整えて、紫月を振り返って睨みつける。 「どうした?」  どうしたもこうしたもない。あまりにしれっと涼しい顔で聞かれたおかげで、朔はすぐに余韻から抜け出して、我に返ることができた。 「このぉっ……」 「おっと!」  思わず紫月の顔を殴ろうとしたが、まるで力が入らない。朔の必死の攻撃は紫月に当たることはなく、逆に手首を取られてしまった。 「暴力反対」  くすくす笑いながら、紫月は言う。余裕たっぷりのその笑みが憎らしくて、でもやっぱり魅力的で、朔は悔しくて(たま)らなくなった。 「それを言うならあなたの(ほう)でしょ! 僕は……、散々やめてって言ったのに……!」 「でも、朔、すごく気持ちよさそうだったし……」  それを言われると、途端に言葉に()まった。実際、その通りだった。 「すごく、いい顔してた」 「生理現象です!」  朔が離れようとしても、紫月の腕がそれを許さなかった。細いながらにも筋肉のついた(たくま)しい腕に(とら)われて、朔は不貞腐(ふてくさ)れながら口を(とが)らす。こんな時には、いつにも増して自分の小柄な体格が(うら)めしくなった。 「僕はちゃんと断ったし、抵抗もしたのに……! あなたが全部無視したんじゃないですか!」 「あれ、そうだったっけ?」  紫月にしれっとそう聞き返され、怒りはさらに()み上げる。 「しらばっくれないでくださいよ!」 「ごめん、ごめん……! そんなに怒らないで。あっ、パンツ穿()き替えなくて大丈夫?」 「大丈夫じゃありません……!」  朔の下着の中では、どろっとした熱い体液が()き出された状態のまま、まだ自由を得られずにいる。湿ったままのそこが(ここ)()(わる)くて堪らなかった。スラックスと下着に締め付けられながらも快楽を感じて膨らみ、逃げ場がないまま欲望を()き出した朔のそれは、今どうなってしまっているだろうか。もう、確認するのも怖い。 「最悪です!」 「ごめんね。でも、すっごく可愛かったよ、朔」  火照(ほて)る朔の頬に、紫月は軽く口付けた。 「そうだ。お()びにそこ、キレイにしてあげようか」 「いい……っ! いいです……!」  朔は慌てて口付けられた自分の頬を手の甲でごしごし(こす)った。何が悲しくて男に(あい)()された(あと)、自分の体液で汚れてしまった下半身の(あと)(しょ)()までされなければならないのだろう。 「僕もう、このまま風呂入るんで!」 「一緒に入る?」 「入るわけないでしょ!」 「冗談だよ。……やっぱり、可愛いな」  紫月は暢気(のんき)にそう言って笑ってから、やっと朔を離した。朔はすぐに紫月と十分(じゅうぶん)な距離を取る。そうして立ち上がって玄関を(ゆび)()した。 「もう、さっさと出てってください! こんなことされる為に、僕はあなたに家に来てもらったんじゃありませんから!」 「寂しいこと言うなぁ。まぁ、でももうしっかり(へび)は祓われていなくなってるみたいだから……、とりあえずいいか」  いいか、と言われても朔には見えもしないのだ。『いる』も『いない』も、朔は今ここで、それを確認することはできない。ちゃんと祓われているかどうかは、今夜、(とこ)についてみなければわからない。 「そんなこと言われても、今日、眠ってみないと僕にはわかりませんし、見えません!」  この人……! もし、インチキだったら(うった)えてやる……! 「そっか、そうだったね。あ、良かったら添い寝――」 「要りませんって!」  朔が声を(あら)らげると、また紫月はくすっと笑う。何も面白くなんかない、と朔は頬を膨らませた。 「じゃあ朔、俺は今日はこれで帰るから。もしまた何かあったらすぐ連絡して」 「するわけないでしょ!」 「ダメだよ」  不意に紫月の顔が朔に近づく。朔は(あと)ずさりをしたが、いつの()にか腰には紫月の腕が(から)みついていた。 「朔のことは、俺が絶対守るから」  唇に軽く口付けられた。一瞬だった。 「へ……」 「そう決めたんだ。ちゃんと連絡して。じゃあ、またね」  そう言ってすぐ、紫月は家を出て行った。口を(はん)(びら)きにしたまま、朔はポカンとして居間に立ち尽くす。玄関のドアから紫月が出て行く音がした。部屋の中は物音一つなく、ただ朔の浅い呼吸音だけが響いている。  守るって、何……? ……っていうか、あ、あれ……?  自分の身に起こった状況を呑み込めず、混乱しっぱなしの脳内は、エラーを起こしたまま完全に空回(からまわ)っている。それでも朔は、今さっき起きたことを懸命(けんめい)に思い返した。  僕……、キスされて……。  紫月の柔らかい笑みと一瞬で腰に絡みついてくる腕、それからまだ残る唇の感触を思い出し、口元に手を当てる。  ドキドキしてる……?  今まで、同性に言い寄られたことはあった。一方的にキスをされたのも、実を言うとこれがはじめてじゃない。けれど、それにはいつも嫌悪感や恐怖感が少なからずあったはずだった。もちろん、服を脱がされ、肌を、そして股間を(さわ)られて果ててしまう、なんてことはされたことがないし、今日、紫月に怒りを覚えたことは(いな)めない。けれど朔は、今日紫月にされたそれらにすらも、嫌悪感や恐怖感を感じるよりも、(むし)ろ快感を得ていた。  何これ……。こんなこと今までなかったのに……。  朔はへなへなとその場にしゃがみ込む。体にはすっかり力が入らなくなっていた。それなのに、紫月とのキスを思い返して、再び心臓はドクドクと高鳴り始めている。なぜかとても苦しくなって、朔は思わず胸の辺りに手を当てた。  なんでだろう……。心臓が……痛い。  何から何までわからないことだらけの中で今、ハッキリしているのは一つだけ。朔は今日、思いがけずゲイ疑惑(ぎわく)のある奇妙な霊媒師(れいばいし)の男に出会い、すっかり気に入られてしまったらしい、ということだ。 「だから僕は……そっちじゃないのに……」  情けない声でそう言った時。股の間に、ぐちゃっとした気持ち悪さを感じて、朔はそこへ目をやった。途端にその(した)の状況にげんなりして、再びよろよろと立ち上がる。 「とりあえず、お風呂入ろう……」  体に力がうまく入らないままでふらつきながら、朔は風呂場へ向かった。その日出会った霊媒師の男、時村紫月は、間違いなく(あや)しく、そして異常なほど美しい男だった。朔は不思議なその魅力に翻弄(ほんろう)されながら、ただ戸惑(とまど)い、混乱していた。妙だったのは、紫月に対して、さほど恐怖感や嫌悪感を感じなかったことだ。言葉で拒否をするのとは裏腹(うらはら)に、体は確かに反応していた。そんな自分を理解できず、朔はひどく困惑(こんわく)もした。  それは、とある秋の事。満月が高く天に昇り、その白い光が煌々(こうこう)と街を照らす、夜の出来事だった。
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