小さな「好き」から見つけましょう

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「辛かったよな……。依歩は、よく頑張ってる。俺は、それをよく知ってる」  いつも仏頂面の隆臣が、優しく微笑む。その微笑みはすぐにぼやけて見えなくなった。ぽろり零れる涙を見られたくなくて、隆臣の堅い胸筋に額を埋める。しがみつくように、両手を隆臣の背中に回した。 「依歩……」と、戸惑うような声音で呼びかけられたが、依歩は応じなかった。依歩の背中を彷徨する手は、しばらくして依歩の背中を一定のリズムで優しく叩いた。落ち着かせるように優しく、しかし過度には触れてこない手。 ――抱きしめてくれればいいのに……。 触れたい、離れたくない、ずっとこうしていたい、独占したい。父性を感じていた旦那様に対してはなかった感情。この人が欲しい、という貪欲で身勝手な思考。 ――僕は、隆臣さんが好きなんだ……。 自覚したてのこの気持ちをどうしたらいいのか、わからない。しかし、ずっと理解できなかった旦那様の『好き』は、今ようやくわかったような気がした。 「知ってるかもしれないが、うちは鏑木都市開発という会社の創業者の血筋で、俺の祖父が会長、親父が社長、そして俺は……そこの長男なんだ。他に腹違いの弟が二人いて、二人とも会社にいるけど、本来なら俺も、会社に入らないといけなかった」  体を離し、話し始めた隆臣の顔を伺い見る。少し寂しそうな隆臣の横顔。血の繋がった家族がたくさんいても、孤独なことがあるのだろうか。 「俺は小さい頃から絵が好きで、将来は絵を描く仕事に就きたいって思ってた。でも、小学生くらいになって悟ったんだ。俺は、この家を継がなきゃならないんだって。それからずっと、なんでこんな家に生まれてしまったんだろう、って自分を呪ったよ。生まれながらにして人生が決まっているなんて、くそくらえだって。中学の時は自暴自棄になって、悪い奴とつるんだり、ずっと家に引きこもったり、家出をしたこともある。このまま野垂れ死んだっていい、そう思ってた。今思えば、あの頃の俺は甘えてた……。もし過去の自分に会ったらぶん殴りたいぐらいに」  淡々と語られる若き日の葛藤。夢中になれるものがある人は幸せなんだと羨んで、それを手にした人の苦労も知らずに生きてきた自分が恥ずかしくなる。
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