小さな「好き」から見つけましょう

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誰もそんな依頼主の元になど行きたくないはずだ。ましてや相手は社長のご子息で、失敗は許されない。しかし、例え、何か起きて会社を辞めなければいけない事態になったとしても、独り身の自分には、懸念すべき家族などいない。その時は、転職でも何でもすればいいのだ。 依歩は、天涯孤独でシングルマザーだった母の元に生まれた。父には会ったことがなく、母からは外国に住んでいると聞いたが、それ以上のことはほとんど知らない。 もともと心臓が悪くて体が弱かった母は、時々体調を崩して入院をすることがあった。近くに頼れる親戚も友人もおらず、幼い頃、母が長期で入院した時は、児童養護施設で暮らしていたこともある。母との生活は、決して楽ではなかった。病気と隣り合わせで、いつも不安定な日々。それでも愛情深く、大事に依歩を育ててくれた。 依歩が高校生になると、母はさらに体調を崩すようになった。入退院を繰り返した末、依歩が二十歳の夏に、母は帰らぬ人となった。 鏑木ライフサービスは、元々母が勤めていた会社だ。体調を崩した母の代わりに、依歩が清掃の業務に行ったことからアルバイトとして採用され、そして今でもここで働いている。  高校生だったアルバイト時代は、単発で入る清掃業務や、家事代行の依頼の補助として現場に赴いていたが、入社してからは、定期契約の依頼主の元に通う家事代行の仕事を主に担当している。依頼主のご自宅に定期的に赴き、掃除や洗濯、料理などの家事全般をこなすのだ。 依歩は、今年で二十四になった。年齢は若いが経験値としては中堅クラスだ。 少し外国の血が入っているらしいブルーグレーの大きな瞳。生まれつき色素の薄い、茶色みがかったさらりとした髪に、色白の肌、薄い唇は綺麗な桃色で、中性的で柔和な雰囲気の依歩は、小柄なことも相まって相手に警戒心を与えることはない。  特に、高齢者の一人暮らしや幼い子供がいる共働き家庭で、孫のようだ、息子のようだとかわいがられ、喜ばれた。 ある家族を担当するまでは……――。
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