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「隆臣さんがこんなにお話してくださる方だと思いませんでした」
休憩と言われ、固まった体を伸ばす。美術モデルも複数回目になると、初回よりもだいぶリラックスして臨めるようになった。
「単に人見知りなだけだ。この数か月で依歩に慣れたからな。交換ノートもしてるし」
依歩が、勤務初日にヒアリングシートの代わりに用意したノートは、今では互いの連絡ノートになっていた。
「交換ノートって……」
小学生の友達同士のようで、思わず笑みがこぼれる。そんな依歩につられたのか、ふふっ、と隆臣の口角が上がる。仏頂面で無愛想な隆臣の微笑みを、組んで伸ばした腕の間から、この目の捉えてしまった。
――なに、これ……。
体の中からドンドンと胸を叩かれるように、心臓が大きく鼓動し始める。
「なに?」
思わず、口を開けたままじっと見つめてしまった。依歩を訝しむ隆臣の表情は、もういつもの真顔に戻っていたが、依歩の激しい心臓の鼓動は治まらない。
「い……、いえ、隆臣さんも……笑うんだなぁ、と思って」
隆臣の視界から顔を背けるように、依歩は定位置に戻った。
「機械じゃないんだ、笑うこともある」
「そう、ですよね……」
座ろうとした依歩の頭を、子供をあやすようにぽんぽんと撫でていく。
「……っ」
すぐに離れた大きな手が、名残惜しい。
――この気持ちは、一体なに……?
この間自覚した小さな『好き』とは違う、説明のつかない感情。
依歩のこれまでの人生で、恋人はおろか好きな人がいた記憶すらない。母が亡くなった二十歳までは、母の看病と日々の生活に必死で、恋愛をする気持ちの余裕などななかった。そして、あの事件によって、人と触れ合うのが怖くなってしまった……はずだった。
頭には、触れられた感触がまだ残っている。これまでにも、隆臣といると心臓がドキドキして、目が離せなくなる瞬間がたくさんあった。もっと触れたい、触れてほしいと求める感情に、戸惑うことも。
――僕は……、隆臣さんのこと……。
頭を駆け巡る様々な情報と感情が、その答えを導きだそうとする。しかしこの時もまだ、はっきりと解くことができなかった。否、解きたくなかったのかもしれない。
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