小さな「好き」から見つけましょう

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朝から、昨日まで使われていた貸しスペースの掃除と片づけを終えると、お昼の時間少し過ぎていた。三階に戻り、「急いで昼食を準備しますね」と言って作業に移ろうとした依歩に、隆臣は珍しく「外に食べに行かないか」と誘ってくれた。  いつも一人で歩くことが多い商店街の道を、今日は隆臣と連れ立って歩いている。  季節はすっかり夏に移ろい、空は一色の絵の具で塗ったような青さで、もくもくとおいしそうな入道雲が浮かんでいる。商店街の至る所に撒かれた打ち水も、あっという間に乾いてしまうほど、日差しが強い。  Tシャツに短パン、ビーチサンダルにキャップ、そしてサングラスをかけた隆臣は、その身長とガタイも相まって、今日は少々目立つ上に、近づきにくい様相をしている。 中身は、絵を描くことが何より好きで、真っすぐな人柄だということは、この容貌からは想像できないだろう。道を行く人々が一瞥して目を逸らす様子に、自分だけが隆臣のことを知っている、そんな不思議な優越感に浸る。 「さすがに暑いな……」 時刻は午後一時過ぎ、一日の中でも特に暑い時間帯だ。蕎麦屋でさっと昼食を済ませると、家に戻る途中のコンビニで買ったアイスを食べながら、二人で帰路についた。隆臣と、何気ない話をしながら歩く道は、楽しくて嬉しくて、そしてあっという間だった。 ――もっとずっと一緒に、歩いていられたらいいのに……。  そんなことを願うほど、依歩の心は揺れていた。この感情の答えは単純な『好き』ではない。それはわかっているのに、この気持ちに明確な答えは出せないでいる。 自分は、男性が恋愛対象だったのか。それとも、七つ年上の隆臣に父性を求めているのか。隆臣に特別な気持ちを寄せていることは確かなのに、長年フル稼働していた心のブレーキが、依歩の判断を鈍らせていた。  食事を終えて家に戻ると、玄関の前には一人の男性が立っていて、隆臣の帰りを待っていた。 「OMI先生ご無沙汰してます。ちょっとお話いいですかね」 ここ最近、隆臣のアトリエに出入りしている広告代理店の男性だ。隆臣の雰囲気にも臆さずぐいぐいくる営業マンで、以前、アトリエを掃除していた依歩にも名刺をくれたので覚えていた。 「…………」 隆臣の口から、小さく溜息が聞こえたような気がしたが、気のせいだっただろうか。
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