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「どんなに自暴自棄になっても、画家になる夢を諦めきれなかった。俺は、半ば勘当される形でイギリスに進学した。そこで絵の勉強をして、賞を取って、だんだんと画家だって言えるくらい仕事をもらえるようになった。それでも、家族の誰も、認めてはくれない。本来のやるべきことを投げ出した長男。好き勝手に生きて、おまけに同性愛者だから後継ぎも作れない、一族ではそうレッテルを貼られてる。もう俺は鏑木家の敷居は跨げない。ちょっと古風な考え方の家なんだ……」
「そんな……」
「依歩の様子を心配して所長さんが来た時、そのことを言われたよ。俺は同性愛者であることを特に隠してはいない。ネットで調べれば、そういう情報も出てくる。所長さんの話を聞いた時に、きちんと依歩に言わなきゃいけなかった。それでも、うちで働いてくれるかどうか、依歩に判断してもらうべきだったんだ」
「僕……、僕は、ここで働きたいです。隆臣さんの恋愛対象が男性でも女性でも、過去のこととは関係ない。思い出したりもしません。だって僕は……」
自覚したばかりの気持ちを言いかけて、言葉に詰まる。
「安心してくれ。依歩に、恋愛感情を抱いたりしない。恋人ができても、連れてきたりしない。だから、今まで通り安心して働いてくれたら嬉しい」
隆臣の、依歩を気遣う真摯な言葉。それが、今はいくつもの矢になって心に刺さっていく。『好き』の気持ちを自覚したばかりで、隆臣に恋愛対象ではない、と言われてしまった。
――そう……、だよね。異性愛者だって、すべての女性が好みなわけじゃない……。
「僕……、そろそろ帰ります」
「あ、ああ。引き留めて悪かった。お疲れ様」
依歩は、そばに置いていたリュックを掴むと、逃げるように部屋を出た。自転車に跨ると、夜の街を疾走する。
依歩よりも年上のアパートの、錆びた階段を駆け上がり、狭い一Kの部屋に飛び込むと、靴を乱雑に脱いで畳に突っ伏した。
家に着いた安心感から、ぐっと堪えていた涙が溢れ出る。
――僕じゃ、だめなんだ……。
小さな『好き』を探していたのに、この手に余る大きな『好き』を見つけてしまった。しかもそれは、欲しくて欲しくて堪らないのに、手に入れることができない。
「この『好き』の気持ちは、どうしたらいいんですか……。隆臣さん……」
呟いた声は、狭いアパートの部屋に溶けて消えた。
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