小さな「好き」から見つけましょう

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その後すぐに、依歩の美術モデルとしての仕事は終わった。隆臣は、個展の準備と他の依頼とが重なり、さらに忙しくなっていた。打ち合わせのためにやってくるデザイン会社や広告代理店の人の数も増え、深夜まで作業をしているのか、朝出勤しても寝ている、という日もあった。 隆臣に失恋した翌々週、画廊の奥で雑務を手伝っていた依歩は、克己からの昼食に誘われ、一緒に外に出た。  こぢんまりとした和食のお店で注文を終え、テーブルに置かれたお茶を飲んでいると、「気のせいならいいんだけど」と前置いた克己が切り出した。 「最近、何かあった?」 「え……」 「ん――……、気のせいだったらいいんだけど、ちゃんと夜眠れてる? 疲れた顔してるから。もしかして、隆臣と何かあった?」 「何かなんて! 何も、ないです。あの、ただ家事代行の仕事の他にもアルバイトを始めたんです。ちょっとお金を貯めたいな、と思って……」 言い方が焦りすぎただろうか。何か、なんて本当にないのに、疑われるような雰囲気になってしまったかと、さらに焦る。 鏑木ライフサービスは、社員の副業を禁止していない。最近は、週三日の鏑木ビルでの勤務、単発の家事代行の仕事のほかに、可能な限り、アルバイトを入れるようになった。 あの日、気持ちを自覚したとたんに失恋をした依歩は、お金を貯めて、隆臣が留学していたイギリス旅行に行く、という目標を立てた。海外はおろか国内旅行の経験すらほとんどないが、この気持ちに区切りをつけるために、隆臣が絵を勉強し青春を過ごした国を、この目で見てみたい、と思ったのだ。 空いた隙間を埋めるように仕事を入れていくと、余計なことを考えずに済んだ。依歩にとって、お金を貯めて何かをしようと思ったことは初めてで、悲しいけれど前向きになれそうな、不思議な感覚がした。 「何か欲しいものとか、やりたいことがあるの?」と克己に聞かれたが、「そんな、感じです……」と言葉を濁すことしかできなかった。しかし、克己は、それ以上つっこんだ質問をしてこなかった。 「いくら若くても、無理すると体にくるからね。きちんと睡眠とって休養しないとだめだよ。僕にできることがあれば、なんでもするから、抱え込まずに頼ってね」 詮索することなく、ただ依歩を心配してくれる優しい克己に、涙が出そうになる。
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