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隆臣にそう言われても、依歩は顔を上げることができなかった。
「……本当に、申し訳ありません」
「克己から、お金を貯めるために他にも仕事をしてるって聞いた。そんなに無茶しないとだめなのか……?」
「…………」
「いや……、悪い。今聞くことじゃないな。もし、何か食べられそうなら……」
隆臣が立ち上がりそうな気配がして、依歩は動きを制するように、思わず腰に抱き着いた。
「依歩……?」
咄嗟の行動に自分でも動転するが、今は隆臣に離れていってほしくなかった。優しく接してくれた今だけは、少しだけ触れていたかった。
「依歩……、悪いが、離してくれ……」
「……っ!」
絞り出すような隆臣の声に、体がびくりと揺れ、すぐに腕を離す。自分本位の身勝手な行動で、隆臣を不快にさせてしまった。言わなくてもいいことを、言わせてしまった。
「……っ、……っふ、ごめんなさい……っ」
涙が一気に溢れ、嗚咽が漏れてしまう。皮膚が赤くなるほど擦って汚れを落とした過去の出来事を思い出す。
――同じことをしてしまった……。
隆臣に拒絶されたショックと、されて嫌だったことを咄嗟にしてしまったショックで、涙が止められない。
「違う、違うんだ……。泣かないでくれ。あんまりくっつかれると、その……。俺が、嘘つきになってしまう……」
「……嘘つき?」
「安心してくれ、って言っただろう。依歩に、恋愛感情を抱いたりしない、って」
「それって、どういう……?」
涙でぐしゃぐしゃの顔で、隆臣を見上げる。隆臣は、依歩の濡れた頬を大きな手で拭ってくれた。
「いや、もう……、嘘はついているな……。過去にあんな出来事があった依歩に、恋愛感情があるなんて、言えなかったんだ……」
その言葉に、目を瞠る。
「初めて会った日、見惚れるほどきれいで驚いた。いつか絵に描いてみたいと思った。それだけだったんだ。でも、依歩を知れば知るほど、惹かれていく気持ちを押さえられなかった。仕事は丁寧で、さり気ない気遣いが出来て、料理もうまい。でも心には大きな孤独を抱えてる。俺が、その孤独に少しでも寄り添えたらいいのに、って思ってた。小さな『好き』なんか探さずに、俺を好きになってくれたらいいのにって……」
逡巡しながら紡がれる言葉に、依歩はまた泣きそうになる。初めて会った時のように、お互い目を逸らさずに、じっと見つめ合った。
「依歩が、好きだ」
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