小さな「好き」から見つけましょう

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親子でお世話になっている所長には、頭が上がらない。母が体調を崩して休みがちになった時も、依歩が依頼主との間に問題を抱えた時も、所長は依歩たちを見放さなかった。 「今回在宅されている方は独身男性だ。ご家族ではないから……」  安心させるように、所長が付け加える。 「そう、ですか」 問題が起きて以来、依歩はビル管理や単発の清掃業務に携わっていた。定期契約の依頼主の元へ行くスタッフの手が足りない時も、依歩はそのスキルがありながら、生かすことができなかった。 ――いつまでも、このままでいいわけがない……。 例え、厄介な案件を押し付けられたのだとしても、所長が依歩に行って欲しいと願うのならば、自分にあてがわれた仕事を精一杯やるだけだ。 「わかりました。やります」  こうして依歩は、正式にこの業務に抜擢されることになった。 *** 大通りから一本入ると、無機質なアスファルトから、石畳の道に変わる。さまざまな濃淡で、茶色や赤褐色の斑岩がきれいな扇形を描くように舗装され、道に沿って等間隔に並ぶ街灯と並木が、異国情緒を感じさせる。真っ青に晴れ渡った空に、新緑の季節らしい青々と茂った木々が映え、清々しい陽気だ。 道の先には、フォルトゥーナロードと書かれたアーチが見えた。商店街としては、さほど広いエリアではないが、イタリアをモチーフ整備されたという駅周辺は、他とは違った魅力がある。 依歩は、キキィと耳障りなブレーキ音がする年代物の自転車を降りると、手で押しながらゆっくりとアーチをくぐった。 ハイセンスでオシャレな飲食店や専門店、昔ながらの八百屋や肉屋が立ち並び、活気がある。依歩が暮らしている街の、シャッターだらけの商店街とは大違いで、思わずきょろきょろと見渡してしまう。 今日から担当する「鏑木ビル」は、自宅から比較的近く、自転車で行ける距離だ。しかし、近いとはいえ、この辺りは高級住宅街で足を踏み入れたことがなく、初めて見る景色は新鮮だった。
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