1:桜花台学園生徒会

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1:桜花台学園生徒会

私立桜花台(おうかだい)学園。 そこは政治家や大企業、あらゆる方面の名家の子息令嬢が日本全国から集められている、男女別学で全寮制の学園である。 そんな桜花台学園に通う俺、男子高等部一年S組の卯月(うづき)(より)は、午前10時現在やっと重役登校を果たした、真面目からはややかけ離れた一般生徒。 実は眠りについたのが朝の六時で深刻な睡眠不足のため、今日は一日サボる気でいたのが正直なところ。 けれどこの三限が体育だという事実から目を背けることができず、寮の部屋でジャージに着替えて登校してきた。 割と厳しめな単位制のこの学校では、週に二回しかない体育みたいな授業は要注意だ。たかが体育で留年なんてやってらんない。 十二月の寒空の下、ジャージのジッパーを一番上まで閉じて首元をうずめる。そんな抵抗は無駄だとでも嘲笑うように、切るような冷たい風が無防備な耳を痛めつけた。耳当てが欲しい。体育が終わったら絶対に帰る。布団の中に戻る。寒い。眠い。だるい…。 心の中で悪態をつきながら既に集合しているクラスメイトたちの元へ向かっていると、何やら普段より辺りが騒がしいことに気づいた。 グラウンド周りや校舎のベランダにいるギャラリーが、今日は一段と多く感じる。 「……なるほど」 生徒会の副会長様がご出席ね。そりゃあ皆見に来るわけだ。 クラスメイトと談笑している、そしてちょうどいまこっちを見て微笑んだストレートの黒髪で切長の目、小さく上品な口と均整の取れた顔立ちの男こそが副会長の桐門(きりかど)美琴(みこと)。 彼は普段あまり授業に出ていないから少し珍しいな、と思いつつ手を振った。 というのも、うちの学園の生徒会メンバーには授業の出席義務を免除される特権が与えられている。 だからといって自由にできるのかと言えばそうでもなく、授業にいない彼らは大抵生徒会の仕事に追われているのは有名な話。 すると突然、前触れもなく後ろから背中に衝撃をくらった。危うく転びかけて振り返れば、そこには満足げに口元に三日月を描いた男がいた。 何よりまず、背が高い。日本人男性の平均身長を超えている俺でさえも見上げるほどの恵まれた体躯。さらに顔面がいいときた。 彼こそこの学園で一番の人気を誇る、生徒会長の蘭城(らんじょう)紫乃(しの)。 「おいサボり魔。最近はこんな時間に来てんのか?」 「珍しいじゃん、桐門どころか蘭城までいるなんて。生徒会の方は忙しくないの?」 「今日はその大事な生徒会の仕事として、依の顔を見に来たんだ」 蘭城の言葉に続き、歩いてやってきた桐門も言った。 「まさか貴方に会えず、ズルズルと授業を受け続ける羽目になるとは」 「勘弁してよ、月曜だよ。午前中に起きれただけ奇跡じゃん……」 俺らがそんな会話をしている間にも、周りの生徒の歓声や叫び声が耳に入ってくる。 「会長がいらっしゃるぞーー!」 「抱いてください!!!」 「蘭城様!桐門様!」 「今日もお美しいです……っ」 「紫乃さまーっ!抱いてください!」 「眼福!!神様ありがとう!!」 ここは男子校。抱いて云々含め、騒ぎ立てるギャラリーは当然漏れなく男子である。 確かに会長と副会長の二人は学園トップレベルの美形だが、それにしたってかなり異常に思えるこの状況。 入学から四年目後半ともなれば残念ながら、俺たちはとっくに慣れてしまっている。 県境を二つほど跨いだ別の敷地にある女子部の方はどうだか知らないけれど、桜花台学園の男子中等部・高等部には独特な伝統がいくつか存在する。 真っ先に挙げられるのは、やはり生徒会。 ここの生徒会は、平たく言えば学園の運営団体である。 他の学校ならきっと学園長や教師陣が行うような経営や雑務、広報も何もかも、主に生徒会が請け負う。 それゆえに強大な権力を有し学園を取り仕切る生徒会の面々は、多くの生徒が憧れ、さらには信仰さえも抱く対象となっている。 それならどのように生徒会メンバーが決められるのかと言うと、毎年十二月に行われる人気投票だ。 創立以来の伝統だった、まぁどの学校でも一般的であろう立候補と投票のシステム。これが今からちょうど十年前の生徒会により、以下のように改悪された。 抱かれたいランキング、抱きたいランキング。 通称タチランキング、ネコランキング。 雑誌の企画によくある芸能人のランク付けならまだしも、男子校で行われる投票にしては名称も中身もとち狂っているとしか思えないそれは、生徒達の無関心による投票率の低さの改善のために始まったと言われている。 確かにここ数年の投票率を見ても、9割6分越えの数字が続いていること自体は悪くない。ただ、他にやり方がなかったのかと思ってしまう。 更に最悪なのが、その黒幕があろうことか俺の兄貴だってこと。 彼は生粋の腐男子であり、十年前の当時この学園で生徒会長を務めていたOBでもある。 学園全体をどうやって丸め込んだのかは知らないけど、とにかく兄貴は恥ずかしげもなく個人の趣味全開の恐ろしい選挙を生み出したのだ。 そんな彼も今や教師としてこの学園に舞い戻り、生徒会顧問を務めている。
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