アバターの向こう側

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「び、びっくりした。何今の」 「あれ?ルルさーん?」  ヘッドホンからCさんの心配する声が漏れ聞こえてきて、私は慌ててマイクをオンにする。 「ごめんなさい大丈夫です!マイクも使えます」  深呼吸をして再びヘッドホンを装着すると、「よかったー」と言う安堵の声がした。 「ルルさん想像していたより可愛い声ですね」 「そ、そうですか?よくわかんないです…」  どうしよう、思った以上に緊張してうまく言葉が出てこない。いつもチャットで飽きることなくお喋りをしているのに、まるで初対面の人と話すみたいに落ち着かない。 「とりあえず乾杯しますか」 「はい!」  私の緊張とか浮き足だった気持ちとかが伝わっているのか伝わっていないのか、Cさんは楽しそうに進行していく。 「俺はねー、今缶ビールを持っています。つまみはジャーキーと唐揚げ。もぐもぐしてる音が聞こえたらごめんね」 「あ、私は、えっとカシスオレンジと、ポテチです。パリパリ言っちゃうかも」 「いいね!姿が見えない分それも醍醐味ってことで」  もちろん、カシスオレンジなんて飲めないので、私が手にしているのは冷蔵庫に入っていたジンジャーエール。何を飲むかなんて考えてなかったから、適当に聞いたことのあるお酒の名前を挙げたけれど、おかしくないか内心ドキドキする。    Cさんの声が聞けることが嬉しくて了解したこの飲み会、果たして最後までボロが出ずに済むだろうか。 「ルルさんはどのあたりに住んでるんですか?僕はね、関西」  オンライン飲み会開始から1時間くらいが経過した頃、Cさんが突然、リアルについて聞いてきた。 「遠っ。でもイントネーションでそんな気がしてました。私は関東です」 「うっそめっちゃ標準語喋ってるつもりやってんけど。そんで僕も小さい頃住んどったよ、関東」 「そうなんですか」 「そう、しかもな、4月になったら、アレ、転職でね、引っ越すんですよ関東に」 「へー!お仕事変えられるんですか」  はじめは緊張していたけれど、次第にほぐれていつも通りの調子を取り戻したところで、話題はゲームの攻略話、所属しているギルドの話、それから個人的な話へと移ってきた。でも今まで積極的にCさんとリアルの話をすることがなかったから、何だかとても変な感じがする。  Cさんにお酒が入っているせいもあるだろうけれど、リアルについての話が出るのは、文字ではなく声の会話の成せる力なのかもしれない。 「関東行ったら、ルルさんに直接会えるかもしれないんですねえ」 「か、関東も広いですからねえ」  せやなあ、とCさんは軽く流してくれたけれど、私は心臓がバクバク言っていた。会えるかもしれない、と言うことは会いたいと思ってくれてるのか、それで私も会いたいってなったらまずは女子大生じゃなくて女子高生ですって告白しないといけないし、どういう意味で会いたいのかがすごく、気になる。 「僕ね、今日の飲み会めっちゃ楽しみにしてたんですよ、ルルさんとは相方組んで結構経つけど齟齬がないっていうか、すごく相性良いなって思ってて。そんで話してみたらもう可愛いなあってさっきから頭の中そればっかりで…」  Cさんは捲し立てたかと思うと急に言葉を止めて、フウッと一息ついてから、こう言った。 「今めっちゃ、ルルさんに会いたいです」  会いたい、と直接言われたことで、私はもう限界だった。鼓動は早鐘のようだし、身体の奥がキュンと鳴るのも先ほどから止まらない。もしかして、Cさんの声は私の脳を溶かしているんじゃないだろうか、そんな気持ちさえしてくる。 「私も、Cさんに会いたいです」  そして気づけば震える声で、そんなことを口走っていた。
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