5人が本棚に入れています
本棚に追加
ドキドキしたオンライン飲み会から1ヶ月、Cさんとは相変わらずゲーム上でやりとりをしている。
あの後も何度か音声チャットでおしゃべりしたけれど、今のところ個人的な連絡先を聞かれたり、顔写真を送ったりなんかもない。私は少しがっかりしていたけれど、Cさんから「会った時のお楽しみ」と言われたので私も待つことにした。
平日は学校に行って、夜少しだけログイン。週末がっつりCさんと遊んで、春になったら会おうという約束が、今の私の楽しみ。
ただそんな幸せな私の日常に、突如要らぬ嵐がやってくることになった。
それは一昨日、夕飯時に母が放った一言。
「そういえば、今週末お兄ちゃん帰ってくるから」
「…おにいちゃん?ああ、あの福岡だか広島だかにいるっていう」
うちは私が3歳の時に親が離婚していて、6つ上の兄はそれから父と一緒に暮らしている、らしい。母は兄とこまめに連絡を取り合っているみたいだけれど、私が最後に会ったのはもう記憶にないくらい前なので、正直顔も覚えていない。
「大阪ね。もうすぐ大学卒業で、春からこっちに就職するんですって。それで週末物件探しに来るんだけれど、その間うちに泊まるから」
「え、普通に嫌なんだけど」
「そんなこと言わないの、兄妹でしょ」
母は全然わかっていない。実の兄といえど10年以上別々に暮らしていて記憶にも残っていないような人なんて、私からすればほぼ他人。それが突然家に泊まるとか、考えただけで鳥肌が立つ。
渋る私とは反対に、当たり前だけれど母はとても嬉しそうだった。「本当は職場にも家から通えれば良かったんだけど、ちょっと遠いからってお兄ちゃんに断られちゃったの」と言われた時は、断ってくれたまだ見ぬ兄に心の底から感謝したものだ。
顔も知らない兄がやってくることが憂鬱でしかなくて、ゲームにログインしてもなんとなく身が入らない。
Cさんが心配して声をかけてくれたけれど、文章にするとやはり自分の個人的な話を事細かに愚痴るのが憚られる気がして、「ちょっと嫌なことがあって」とだけしか伝えられなかった。
「また音声チャットで話聞いてあげたいところなんだけど、週末から出張でさ。この後準備しなきゃいけなくて、ごめんね」
「大丈夫ですよ、ありがとうございます!良かったら週明け話聞いてください」
「もちろんだよ、じゃあまたね」
「おやすみなさい」
Cさんがログアウトして、1人ぼんやりとまた考える。私は兄よりCさんに早く会いたいのに。
Cさんもきっと転職でこっちにくる時は事前に家探しに来るのだろうし、その時少しでも会えたりしないだろうか。
「週明け、聞いてみようかな」
私はCさんと出かけられたらどこへ行こうか、そんなことを考えて眠りについた。
最初のコメントを投稿しよう!