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それで、今日。私は家で兄を待っている。本当は夜まで出かけていたかったのだけれど、母の職場の人が急に熱を出したとかで、代理として出勤していく母に「お兄ちゃん夕方には内見終わって帰ってくるから。その頃には家にいてね、夕飯はみんなで食べるんだからね」と念を押されてしまい、仕方なくリビンのソファに寝転がっていた。
『ピンポーン』
玄関のチャイムでうたた寝しかけていた私は覚醒して、のそのそと起き上がって時計を見る。時刻は午後3時50分。
「きたかあ…」
玄関を開けると、背の高い知らないお兄さんが立っていた。そういえば私は兄の顔を知らないので、これ、もしここにきたのが兄じゃなくて変質者だったら、家に入れるのやばくない?
怪しむ私に気圧されて、兄は「えっと、美緒ちゃん?久しぶり」と、蚊の鳴くような声で私の名前を呼んだ。
「名前は?」
「へ?」
「お兄さんの名前」
私は精一杯低めの声を出して、目の前の得体の知れないお兄さんを威嚇する。母から聞いた兄の名前と一致するまでは、絶対に玄関に入れるわけにはいかない。
「こ、宏太です」
「ん、合ってますね」
不審者からお客さんへと格上げされた兄を仕方なく家の中に通してあげた。
「お母さん、6時くらいには帰ってきますので。それまでは好きにしててしててください。じゃあ私部屋にいくので」
兄と2人きりは気まずいにも程があるので、私はそそくさと2階の自分の部屋に上がろうとしたけれど、兄に静止され、それは叶わなかった。
「良かったら少し喋らへん?久々に会えたわけやし」
多分兄を無視できなかったのは最近聞いたばかりの関西弁が耳に馴染んでいたせいで、それでうっかりCさんを思い出して胸がキュンと鳴って油断したせいだと思う。
「珈琲、入れますね」
お湯を沸かして、ドリップコーヒーとマグカップを棚から取り出しつつ、ソファでくつろぐ兄という人をチラリとみてみる。
家に入れたはいいものの、この人が兄という実感は湧かないし、やたらデカいし、なんか大人っぽいし、嫌だなあ。そういう感情が抜けていかない。
「あ、美緒ちゃん僕、砂糖いれへんわ」
いつも母と飲む時の癖で、砂糖を小さじ2杯入れようとした私の背後から、少し低くて体の奥に響く声が耳元に降ってきた。
「っはあ?」
「え、ごめんて。そんな驚かんといて」
私は驚いて、驚きすぎて、目をまん丸に見開いて兄を見た。
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