アバターの向こう側

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 それは、馴染みのある関西弁で、私の身体をキュンとさせる声で、間違いなく、私に「会いたい」と囁いたCさんの声だった。  混乱する私と、その私を見て困惑する兄。  しばしの沈黙を置いて、私は兄に尋ねた。 「SDOって、やってる?」 「オンラインゲームの?やってるやってる。美緒ちゃんもやるん?」 「話合うやん嬉しいなあ」と、私と自分のコーヒーをリビングテーブルに置いて、こっちおいでと呑気に手招く兄に、無性に腹が立ってくる。  Cさんは関西に住んでいて、小さい頃関東に住んでいたことがあって、でも 「社会人じゃ、なかったわけ?」  震えながら発した私の言葉に、兄は一瞬固まる。 「え、え、何?…え?ルルさん?美緒ちゃんが?嘘やん!?」  私はもう今すぐここから逃げたいというか、穴があったら入りたいというか、とにかくなんだかすごく恥ずかしくなって。 「最悪!私のときめきを返せ!バカ兄貴」  私は思わず、ソファに置いてあったクッションを兄に投げつけた。 「いやいやいやいやそんなことある!?  大体美緒ちゃんだって、大学生ちゃうやんか!!」 「私はちゃんと理由があるんですー!」  私がありったけのクッションを投げ終わると、兄はそれらに埋まりながら降参するように手を挙げた。と思えば顔を覆って 「はあー。嘘やん僕妹に向かってクッサイ台詞 吐きまくってたん?恥ずかしすぎるー…」 と言った。  工学部に通う兄は、構内で全く見かけない女子大生と仲良くなりたくて、大人の男の方がきっとモテるというよくわからない理由で社会人と偽っていたのだと言う。  それを聞いた私はさらに「お兄ちゃんのスケベ、変態」と憎まれ口を追加した。 「ヤメテ美緒ちゃん、お兄ちゃんのメンタルが保たない…」  こうして、私たちの間に淡く芽生え始めていた恋心のようなものは、血縁という揺るぎない障壁の前に、脆く儚く消え去ったわけだけれど、そのかわり「あなたたち、この短時間でずいぶん打ち解けたみたいね?」と帰宅した母に言われるくらいには、兄妹の溝も埋まっていたようだ。  兄が大阪に帰って行った週明け月曜日、いつものようにゲームのデイリークエストて薬草採集をしていると、「Cさんがログインしました」と言うポップアップが画面に表示された。  いつも通りの生活、いつも通りのゲーム画面、いつも通りのCさんのアバター。けれどいつもと違うのは、私は今、このアバターの向こう側を知っているということ。
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