アバターの向こう側

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「ルルさん、良かったら今週末オンライン飲み会しませんか?」  Cさんからこんな誘いを受けたのは、一緒に遊んでいるオンラインゲームでダンジョンボスを倒した直後だった。  オンライン飲み会って、どうやって?  私とCさんはこのゲームで使っているアバターとハンドルネーム以外、お互いのことをほとんど知らない。  確かに今までゲームで培ってきた信頼関係とか、チャットの雑談を通して得た『きっとCさんは社会人』くらいの些細な情報はあるけれど、顔も名前も住んでる場所も年齢も、なんならCさんが自分のことを僕と呼ぶからおそらく男性、私が自分のことを私と言うからおそらく女性だと思われている、くらいの認識しかない。  当然、個人的な連絡先も知らないし知らせるつもりもない。  それなのに。 「オンライン飲み会って言ってもビデオ通話でやろうっていうんじゃなくて、ほら、ボイス使ってできるかなって」  私のタイピングが進んでいないことで訝しがっていることを察知したCさんが、個別ルームの音声チャットで、お互いアバターのままだという趣旨を説明してくれた。 「それなら、ありです」  実際、相方としてプレイするようになって1年、Cさんは優しくて頼りになって、相性抜群息ぴったりだと思っている。クエスト後のチャットが楽しくて明け方になっていて、次の日の学校がしんどかったことも何度かある。きっと音声チャットも盛り上がるに違いない。  私はCさんとオンライン飲み会の日時を約束して、画面を閉じた。  カメラありの飲み会じゃなくて良かった、いくらなんでも私の外見じゃ、大学生には見えない。  まだ別のゲームをプレイしていた頃、プレイヤーが高校生とわかると途端に態度が大きくなる大人が多いことを知った私は、新しいゲームを始めるにあたって自分を大学生だと偽った。  もちろん自分から名乗ることはないのだけれど、ほかの大学生らしきプレイヤーさんたちの会話にそれとなく合わせ、大学生風の空気を醸し出すのだ。Cさんと出会った時もそんな流れで、Cさんは「大学生、若いねいいねー」と懐かしがっていた。  土曜日の夜、9時ぴったりに個別ルームの扉を叩く。ここは私とCさんだけの相方専用ルームだ。 「こんばんはー」  まずはいつも通り、キーボードを叩く。 「こんばんはー!あれ、ルルさんマイク使えなかった?」  すると既に音声に切り替えていたCさんの声がヘッドホンを通して耳にダイレクトに響いてきた。クラスの男子とは少し違う、落ち着いた大人の男の人の声。身体の奥がキュンとする不思議な感覚に、私は思わずヘッドホンを外してしまった。
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