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廃れている――エオルが都市に踏み入って三日、印象に変化はなかった。
この都市は数十年前からの不況により、都市全体において治安が悪い。しかし、以前より酷くなったのでは……と思わせるほどの悪化だった。
「子どもの為にも都市を出たいんですけどね。その為のお金がないからどうしようもないんです」
「それは大変ですね」
宿の広間にて、女主人のリヨが言う。顔色は暗く、酷く憂鬱そうだ。消えかかりそうな電球が、血色の悪さを際立たせる。
この都市には全うな職がない。ゆえに多くの人間が、他国からの入国者を対象とした職で金を得ていた。宿もその一つと言うわけだ。とは言え、それでも困窮しているようだが。
奥間から、物音を抑え幼子が姿を現した。語らう二人の背後を、密かに移動しドアへと向かう。恐らく、目を盗んでいる積もりなのだろう。だが丸分かりだ。
「リラ、外に出ちゃ駄目って行ってるでしょ! クロオニに連れていかれちゃうわよ!」
叱咤が振り、幼子――リラの肩がすくむ。それでも尚、玄関を踏み出そうとしていた体を母であるリヨが止めた。首根っこを掴み、襟を引っ張って。
「ク、クロオニなんて怖くないもん!」
「怖いの! 捕まったらすっごく怖い国に連れ去られちゃうんだからね!? 一生ママに会えなくなるのよ!?」
脅しを羅列され、張った去勢が早々崩れる。リラは不服そうに、だが否定はできないのか、手を離させると奥間へ逃げていった。
消えた背中を見つめ、リヨが溜息を吐く。端から見れば微笑ましいやり取りでしかないが、実際はそんなに軽々しくないだろう。
「やっぱり子どもは鬼が怖いんですね」
横顔に投げ掛けると、リヨが困笑を讃え振り向いた。愛情から来る表情を前に、良い家に生まれて彼は幸福だ、とエオルは思った。
と言うのも、この都市には不幸な子ども――ストリートチルドレンが多く存在するからだ。寧ろ、そういった子の方が多いかもしれない。
生活に困窮したなら、我が子を切り捨てればいい。最早、それは第一の選択として都市に浸透しているようだった。
「そうみたいですね。でも実際のものとして恐れてくれているのかどうか……」
「まぁ、今は怖がってくれればそれで良いんじゃないですか?」
「そうですね」
クロオニと言うのは架空の存在ではない。それは都市の人間に関わらず有名な話だ。
寧ろ、大人達の間では実在の凶悪犯として扱われ、特に愛し子を持つ親からは恐怖の対象とされていた。
クロオニは子どもを浚う。それも、大人たちに見せつけるよう二人分の足跡を残して。
しかも、その足跡は導かれるように迷いなく、とあるポイントまで真っ直ぐに伸びているらしい。
この事からクロオニは催眠術を使うと考えられた。
「……子どもたちは何も悪くないのに、可哀想ですね」
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