明日晴れなくても(3)

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三・あー、夏休み  あの日以来、舞依は私とは口をきいていない。目も合わせようとしない。  紀子や素子達とは普段と変わらずに話をしているが、私が声をかけようとすると途端に口をつぐんでしまう。彼女に何度かそんな態度をされて、ついに私からも声をかけなくなってしまった。  お昼休みになると舞依は「昨日あんまり寝てないんだ」と言って自分の席で居眠りをするか、ふらっと教室を出て行って五時限目が始まるまで帰ってこなくなった。  当然、授業中に話しかけてくるようなこともまったくなくなった。  一学期最後となる帰りのSHRで赤羽は受験生という自覚を持って毎日を過ごすようにと、夏休みを直前にして浮き足立っている生徒達に向かって苦言を呈していた。 「志望校に受かりたかったら一日最低八時間は勉強しろ。そして七時間は睡眠を取れ。それでもまだたっぷり自由な時間がある。その時間に趣味でもバイトでも何でも好きなことをすればいい。もちろん勉強したって構わない。この二十四時間で何ができるのかをよく考えて毎日を過ごせ。時間は有限だと言うことを忘れるな」  赤羽の説教を聞き流しながら、濃い青色の空にそびえ立つように浮かび上がる大きな入道雲をぼんやりと眺めていた。  将来何になりたいのか、そもそも大学に行く気があるのかどうかもまだはっきりしていない私には赤羽の言う時間の大切さというものがピンとこなかった。更に〝受験〟という言葉の重みもイマイチ伝わっていなかった。  勉強が苦手な私が大学へ行って勉強する意味があるのか。そんなに私は勉強がしたいのか。  勉強が嫌いなら大学には行かずに就職すれば良い。だが、私はどんな職業に就きたいのか、私にはどんな職業が合っているのかすらも気付いていない。  将来なんてものはずぅっと遥か遠くにあると思っていたのに、気が付けば来年には間違いなくその将来の入り口に、大袈裟に言えば人生の岐路に立たされるのだという現実感もなく、いざそんな状況に直面したときにどうしなければいけないのか、という心構えすらできていなかった。  前に一度だけ、自分達の将来について紀子達と雑談程度に話したことがあった。  その時紀子は、「少しでも良い会社に入って父親に楽をさせてあげたい」と言った。彼女の家は父子家庭で、父親の苦労をずっと近くで見てきていた。だから最初は高校を卒業してすぐに働きたいと思ったのだが、良い会社に入るためにはそれなりの大学に行く必要があることに気付いた。 「当然学費もかかるけど、そんなのすぐにチャラにするくらいガンガン働けば良いんだからね」  紀子の意識が高いのは、メイドカフェで経済学か経営学でも学んでいるのだろうか。  素子も普段はボケ役に徹しているが社長令嬢である事は間違いのない事実で、しかもその辺の中小企業の社長なんかではない。常にSPが配備され、うっかりしていると迷子になってしまうくらいの大邸宅を構えている。本来なら超が付くくらいのお嬢様学校に通ってもおかしくはないのだが、「市民感覚を身につけよ」という教えからこの学校へ〝社会勉強〟のために通っている。 「順当に行けばそのまま父親の後を継ぐか、婿養子を迎えて社長夫人として優雅な毎日を過ごすことになるだろうなぁ」  さらっと言ってのける素子に驚愕しつつも、現実味を感じたのも確かだった。  ミエは将来保母さんか幼稚園の先生になりたいと言った。 「中学生の時に体験学習というのがあって、そこで幼稚園に一日体験したんだけど、その時の子供たちがとっても可愛くて、『あぁ、こういう仕事がしてみたいな』って思ったの」  普段から面倒見の良い彼女らしいと思った。ミエなら立派な保母さんになれるだろう。 「それで、ゆかりは将来何になりたいのよ?」  紀子の言葉に、私は返す答えを持ち合わせていなかった。  私はどんな社会人になりたいのか? 何となく適当に会社に入って、何となく与えられた仕事をこなして、何となく職場でいい人と出会って、何となく結婚して、何となく普通っぽい家庭を築くんだろうなぁ、程度でしか考えていなかったから具体的にどんなことをしたいとか、そのために何をしなければいけないのか、なんてことは想像すらしていなかった。  だから、この夏休みは自分の夢がなんなのか、その夢に向かって将来何をするのかをぼんやりでも良いから考えることにしようと思った。  そんな宙ぶらりんの私とは対照的に、我が校の野球部はある夢に向かって邁進していた。  毎年初戦敗退だった野球部が今年は勝ち続け、とうとう県大会準決勝までコマを進めたのだ。  この話題は学校内に留まらず、実家のおじいちゃんやおばあちゃんまでもが試合に勝つ度に我が家に電話をよこしてくるほど熱狂していた。 「甲子園に出たら、絶対応援に行くからな」  気の早いおじいちゃんはもう実家から甲子園球場までどうやって行くのかを時刻表で調べているそうだ。  夏休み初日に『あみん』へ行った時、何と藤井の方から我が校の快進撃について熱く語り出した。 「いやぁ、このまま一気に甲子園に行っちゃうんじゃないですか!」  と、目を輝かせる姿にひょっとして藤井はOBだったっけ? と勘違いしてしまいそうになった。 「自分の知り合いが通っている高校が甲子園でプレーするなんて、今からワクワクしますね!」 「まだ甲子園に行けると決まったわけじゃないですから」 「いや、間違いなく他の三校よりも勢いがあります。それにあのピッチャー、四ツ倉君ですか。彼はピッチングだけではなくバッティングも素晴らしい。さすがは一昨年の優勝校ピッチャーだっただけのことはあります」  四ツ倉は中学まで私達の地元にいたが大阪の強豪校へ野球留学し、一年生から控え投手としてベンチ入りしていた。  府予選ではほとんど登板する機会がなかったが、甲子園大会の直前でエースがケガをしてしまい、甲子園ではエースに代わって全試合に先発した。そして並み居る強豪を抑えて見事に優勝投手として栄冠を手にし、近年まれに見るシンデレラストーリーとして当時話題になった。  そのピッチャーが「自分の地元校を甲子園に連れて行きたい」と大阪から再び地元に帰ってきたのだった。  高校野球の世界では、転校すると一年間は公式戦に出られない。彼はそんなリスクを承知で地元校への転校を決意し、その苦難を乗り越えてあわや甲子園、というところまで来ているということが美談として新聞やテレビなどのメディアがこぞって取り上げた。 「彼の心意気に痛く感動しました。そしてその夢を達成するのにあと二つのところまで来たんです。これを応援せずして何を応援すれば良いのでしょうか」  藤井の熱い語りに私も紀子もただうんうんとうなずくしかなかった。  店内は昼間だというのにお客は私達と藤井の三人しかいない。  最近流行のタウン情報誌でも取り上げられることはないであろう小さな街の路地裏にひっそりとたたずんでいる隠れ家的な喫茶店に女子高生が来ているこ自体まか不思議であり、ほとんど奇跡ではないかとさえ思っている。  なぜそうなったのかと言えば、私に超能力があると思い込んだ紀子がサイキック・マジシャンとして名を馳せていた藤井に連絡を取ったことがそもそもの発端だった。  本物の超能力者かどうかも疑わしいマジシャンに本物の超能力者かどうかも疑わしい女子高生を紹介した紀子の勘違いが今となっては懐かしい。  当時彼は私達二人との対面の場にこの店を指定してきた。以来、良く言えばアンティークな、悪く言えば古びた、昔ながらの喫茶店は私と紀子にとっては安心してくつろげる憩いの場となっていた。 「そう言えば、白岡さん達はいつから夏休みですか?」  カウンターからマスターが声をかけた。 「今日からです」  紀子のハキハキとした声が静かな店内に響き渡った。 「若い女の子が夏休み早々こんなお店に入り浸ってていいんですか?」  マスターが自虐的に言った。 「今日は午前中からゆかりと買い物に行ってて、散々人混みに揉まれてきたんで『あみん』でゆっくりしようと思って。このお店にいるとすごく落ち着くんです」 「そう言って頂けると嬉しい限りです。何なら毎日来ても良いんですよ。冷暖房完備、ドリンク飲み放題、ケーキも食事も全て食べ放題ですから」 「えっ!? 本当ですか!?」  紀子の声が一オクターブ上がった。 「ええ。全部藤井さんに付けておきますから」  藤井が飲みかけのコーヒーを吹き出しそうになった。 「いくら私でも破産しちゃいますよ」 「売れっ子マジシャンがそんなことくらいで破産するもんか。ケチ臭いこと言ってる暇があったらその分営業でも何でも行って稼いでくればいいじゃないか」  そう言いながらマスターの目は笑っていた。藤井もそれがわかっているから肩をすぼめてわざとおどけて見せた。  なぜかマスターは藤井には風当たりが強い。しかしお互いに悪意はないとわかっているから、決してギスギスした空気にはならない。こういうのが大人の友情ってものなのだろうか。  それより、売れっ子マジシャンの割には私達がこのお店に入るとかなり高い確率で彼に会うというのはどういうことだろうか。偶然なのか、ひょっとして思ったよりも仕事がないのか? 「ゆかり、あんたここで毎日夏休みの宿題やれば?」  マスターの言葉を真に受けたわけではないのだろうが、紀子が私に向かって進言した。 「えー。でも、悪いよ」 「いいんですよ。ぜひお店に来てあげてください。誰もお客が入っていないと他のお客さんも入りづらいでしょうから」  皮肉交じりに話す藤井をマスターが苦々しい顔で睨み返したのを見て、私達は思わず笑ってしまった。 「あいたたたた……」 「? どうしたの?」  ついさっきまで笑っていた紀子が急に眉間に皺を寄せながらこめかみを押さえた。 「ううん。何でもない」 「頭痛?」 「うん。もう大丈夫」 「いけませんね。マスター、頭痛薬ってあります?」  藤井がマスターを呼んだ。店内の観葉植物に水をあげていたマスターはいそいそとカウンター裏に消えていった。 「薬なら持ってるんですけど、最近あまり効かなくて」 「薬の飲み過ぎではないですか? あまり頻繁に服用していると効き目が落ちると聞いたことがあります」  タフなイメージの紀子が頭痛薬を常用しているというのはにわかに信じがたかった。 「そんなにしょっちゅう飲んでるの?」 「最近はバイトの後で痛くなることが多いかな」 「ストレスですか?」 「うーん、確かにストレスがないと言えば嘘ですけど、それが原因だとは……」  紀子は少しだけ笑みを返しながら答えた。 「ストレスは本人が意識していなくても、知らず知らずのうちに影響しているということがままありますからね」 「蓮田さん、頭痛はズキズキですか? それともグヮーンですか?」  つかつかとマスターが私達の席にやってきて、紀子の顔を覗き込みながら尋ねた。 「ズキズキって感じです」 「わかりました」  そう言ってマスターは踵を返すと、またカウンターへと戻っていった。  しばらくして一杯のブラックコーヒーとアーモンドが載った小皿が彼女の前に置かれた。 「ズキズキとした頭痛にはコーヒーのカフェインが効果的です。アーモンドも頭痛を和らげるのに良いんですよ」 「ありがとうございます」 「コーヒーは少し濃いめに淹れてますので、飲み辛かったら砂糖とミルクをいつもよりも多めに入れてください。アーモンドは無塩ですからたくさん食べても大丈夫ですよ」  紀子はゆっくりとコーヒーの香りを嗅いでから、ブラックのままコーヒーを喉に流し込んだ。コーヒーの香ばしい薫りがこちらにも漂ってきた。 「気圧が急に下がったりすると、頭が痛くなるという話を聞いたことがあります」 「それじゃ、これから天気悪くなるのかなぁ」  ブラインド越しに感じる真夏の日差しからは、これから天気が崩れるような気配は全く感じられなかった。 「そう言えば、蓮田さんは最近お店で評判だという噂ですが」  飲み終わったコーヒーカップを皿に置いた藤井はハワイコナを注文した。彼は私達といるときに大抵お代わりを注文する。彼は一体ここで一日に何杯のコーヒーを飲んでいるのだろうか。 「何でも、超能力占いのコーナーが大人気だと、ネットでそこそこ話題になっているみたいじゃないですか」 「よくご存じですね。ま、占いというよりは悩み相談に近いかも。藤井さんもメイド喫茶に興味があるんですか?」  突然、藤井の顔が赤くなった。 「いや、あくまでも蓮田さんがどういうお店で働いているのかちょっと気になっただけで、メイド喫茶そのものには……」 「うちのお店って、藤井さんくらいの年齢のお客さんも結構来てるんですよ」 「そ、そうなんですか」  藤井に動揺の色が浮かんでいた。案外と彼はシャイなのかもしれない。  紀子の勤める店では、お客の悩み事や相談事に彼女が答えるというコーナーを日に何度かおこなっている。このコーナーの特徴は、お客が事前に相談事を彼女に話すのではなく、彼女がお客の悩み事をズバリと当てて、それに対して更に彼女がアドバイスするというものだった。  お客の悩み事を当てるのに超能力を使っているのだが、そのためにはどうしてもお客の手を握らないといけないらしい。相手の手を握らないと彼女の超能力が発揮されないと言うのだ。  最初は合法的にメイドさんと触れあえるという理由で人気を博していたが、彼女が百発百中で悩み事を見抜くとあって、これは間違いなく本物だと話題になり、噂が噂を呼んで、今では紀子の出勤日にはお店が満員になるほどの大盛況振りとなっているそうだ。 「藤井さんも占ってあげましょうか?」  紀子が手を差し出した。 「あ、いや、結構。私は、その、特に、悩み事なんて、ないですから」  顔だけでなく耳まで赤くなった藤井がしどろもどろになった。一体いつから紀子は世の男性達を惑わす魔性の女と化したのか。 「ダメですよ、蓮田さん。モテない独身男性を弄ぶようなことしては」  マスターがニヤニヤと不敵な笑みを浮かべながら紀子に諭した。 「ごめんなさい。悪気はなかったんです」  コーヒーとアーモンドの効用なのだろうか、さっきまで辛そうだった紀子の顔色が徐々に戻りつつあった。 「今度お店にも来て下さいね。いつもご馳走になってばかりじゃ申し訳ないので……あ、そうだ。今度うちの店でマジックショーとかしてもらえませんか? ギャラは安いかも知れませんけど」 「そういうことでしたら喜んで。ギャラのことは気にしないで下さい。心遣いだけで十分ですよ」  私達は適度に涼しく耳に心地良いクラシックジャズが流れる居心地の良いお店から、うだるような灼熱地獄の商店街へ出た。  一歩歩くごとに全身から玉のような汗が噴き出し、まともに目を開けていられないほどアスファルトが白く反射していた。  これからバイトに向かう紀子とは反対方向の電車に乗り込むと、先ほどまでの楽しかったひとときから急に一人になった孤独感が私を覆った。そんなダウナーな空気が紀子の頭痛から舞依を連想させた。  学校で声をかけても無視され、テレパシーにも反応はなく、電話をかけても一向に出てくれず、メールを送っても返事はなく、SNSには既読すら付くこともないという閉塞した状況のまま夏休みに突入してしまい、すっかり解決の糸口さえも見えなくなっていた現状に自然と溜息が漏れた。  今でも自分は悪くないと思っている。が、せっかく友達になれた舞依と仲違いになってしまったことについては、どうにかして仲直りのきっかけを見つけたかった。  しばらく悩んだ挙げ句、私のポンコツな脳みそでは紀子に相談するくらいしか思いつかなかった。今度彼女に会ったら真っ先に相談してみようと決心したところで電車は駅に到着した。  電車を降りると私は駅前の本屋へと一直線に向かいながら藤井の話を思い出していた。  どうやら彼が今月発売の雑誌に載っているらしい。  本屋に入ると全身を心地良い冷気が包み、腕や首にべったりとかいていた汗が一瞬で引っ込んだ。  冷気と暑気を交互に感じながら、まるでサウナみたいだななどとくだらない事を思いつつ雑誌のコーナーへ向かった。  本棚の前に立つと、さっき藤井が話していた雑誌のタイトルを思い出していた。 「今月発売の『月刊レムリア』に『サイキック・マジックの正体を探る』という特集記事と私のインタビュー記事が載ることになりまして。本屋で見かけた際には立ち読みで構いませんので一読してみて下さい」  と、藤井は鼻の穴を膨らませながら自慢気に話していた。  藤井のマジックを検証し、彼が真のエスパーだということを証明するという内容らしい。  普段からマジシャンという偽りの姿で衆人環視に晒されているとこぼしている藤井にとっては溜飲を下げる内容となっているらしい。  そもそも『月刊レムリア』がどんな雑誌なのかもよくわかっていない私は、どのジャンルの棚を見れば良いのかという初っ端からつまずいていた。  奇術関係だと思った私はまず『趣味・娯楽』のコーナーから見つけることにした。ところが棚の端から端まで見てもそんなタイトルの雑誌を見つけることができなかった。  マジックを検証するというのだからサイエンス関連かとも思い、今度は『化学・科学』のコーナーをまた棚の端から端まで目を凝らして順に見ていった。 「レムリア、レムリア……っと」  ここでも『月刊レムリア』は見つからなかった。  長い間中腰で本を探していたせいで腰がバキバキと悲鳴を上げた私は痛みに耐えきれず、近くにいた男性店員に声をかけた。 「すいません。『月刊レムリア』ってありますか?」  店員は一瞬うーん、と唸ってから、 「たぶん、こっちの方かな……」  と半信半疑な表情で歩き出した。その頼りない足取りを追いながら一抹の不安を抱かずにはいられなかった。  店員は『宗教・その他』と書かれた棚の前で立ち止まると、背表紙の小さな文字を睨みつけた。そしておもむろに手を伸ばすと棚から一冊の本を抜き出した。 「あ、これですね」  古代建造物と惑星らしき球体とUFOが飛び交う絵の表紙に一瞬たじろいだ。そこに可愛げのない「レムリア」の文字がまがまがしく私の目に飛び込んできた。  取り敢えず礼を言うと、店員は元いた持ち場へと戻っていった。  私は再度そのおどろおどろしい表紙を見つめた。火星なのか木星なのかよくわからない惑星の絵にかぶるように『特集! サイキック・マジックの正体を探る!』と確かに書いてあった。更に、『藤井知洋はやはりエスパーだった!!』という文字が躍っていた。  ……これって、オカルト雑誌じゃないか。  藤井の記事がなければ、一生手にすることもないようないかがわしい雑誌のページをを恐る恐るめくった。  特集記事は、彼が出演したテレビ番組の映像を掲載し、マジックの一部始終を検証した結果、確かに超能力によるものだと結論づけていた。  特集記事の最後には藤井へのインタビューが写真入りで四ページに渡って載っていた。 「私はエスパーであることを隠し、一マジシャンとしてマジック界に身を置いている」 「私のマジックは一ミリたりともマジックではない。全て超能力によるものなのだ」  ……彼は確かに正直に自分のことを語っていた。しかし、この記事を一般人が読んだところで絶対彼をエスパーなどとは思わないだろう。 「俺はマジシャンなんだ」 「俺はエスパーなんだ」  例え後者が正しいとしても、大抵の人間は前者の言葉がまともなコメントだと思うだろう。  そう思うと彼の言う「エスパーであることの虚しさ」という感情が少しは理解できるような気がして、一つ溜息をついた。  やれやれ、と呟きながら本を閉じようとした私の手が止まった。気になる文章が目に入ったからだ。 「最近、私がエスパーだと知って私に師事する若者も徐々に増えてきている」  という彼のコメントは、ひょっとして私と紀子のことを指しているのか?  サイキック・マジックを見た紀子が早とちりをして藤井にコンタクトを取ったことでお互いが出会うきっかけとなったのは事実だから紀子は彼に師事していると言っても良いかもしれないが、私は最初彼がエスパーだとは本気で思っていなかった。  ただ実際に彼の超能力によって時間遡行することができたから、彼がエスパーなんだとその時から信じるようにはなったが、エスパーとして師事しているかと尋ねられれば、二つ返事で肯定するまでには至らない。  赤羽を助けるためにいろいろとアドバイスをもらったのは確かだが、それだけの関係でしかなく、師弟関係でも何でもない。  それとも、彼に傾倒するエスパーがどこかにいて、そのことを言っているのだろうか。彼が時々営業と称して地方に出掛けるのは、実は地方にいるエスパー達と密かに交流しているのではないだろうか。  こんな記事を日本奇術協会の人間が目にしたら彼はマジック界から永久追放されるんじゃないかと心の片隅で少しだけ心配しながら、私は『月刊レムリア』を手にレジへと向かった。 (つづく)
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