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第十三話 気持ち
それから数日は美夜と会うことは無かった。美夜と会わない日はたまに公園に行ってみたりした。そして今日は美夜が家に遊びに来ることになっていた。
『もしもし』
美々からの着信が鳴って、少し出るのをためらったが電話に出ることにした。
『もしもし、和樹。元気にしてた。近所に住んでるのに全然会わないから心配してたよ。ねぇ、和樹。会いたいよ。会って話しがしたい』
美々のその言葉を黙って聞いていた。
俺だって美々に会いたい。でも、どんな顔して会えば良いのかわからない。
『ねえ、会いたいよ』
『…だめ、会えないよ。美々には秀がいるだろ。俺なんかに会ったらだめだ』
だからそう言うしか出来なかった。
『かず、美夜だよ。入っても良い?』
『待って、今開けるから。美々、人が来たから電話切るよ』
俺は電話を切ろうとする。
『嫌、切らないでもう少しだから』
泣き出しそうな美々の声に切るのをためらう。とりあえず、部屋の前で待つ美夜を中に入れる。
「誰?」
美夜は小声できいてきた。
「…昔好きだった人。いや、違う。ただの元同級生の恋人。美々もう切るからね」
俺は美夜に小声でそう言って美々に電話を切ると伝えて何かを言おうとする美々の声を遮るように電話を切った。
「良いの?」
美夜が心配そうに俺の顔をみる。
「大丈夫。もう、済んだから」
「そうなんだ、なら良いんだけど」
そういうと美夜は他に何もきいてこなかった。
「ここに座って」
美夜にベッドの上に座ってもらい、飲み物を取りに行ってから自分も隣に座った。それから二人の空気を楽しむかのように何十分も何も話さないでいた。
「ねぇ、美夜。俺のことどう思ってる?」
俺は美夜の横顔を真っ直ぐにみた。
「ずるい、ずるいよ。私がかずのこと好きだって知ってるくせに。今更そんなこと聞かないでよ」
「それでももう一度ちゃんとききたいんだ」
そう言って耳まで赤くなっている彼女の横顔をもう一度真っ直ぐにみる。
「好きだよ、大好き」
そうきこえるかわからないほどの小さな声で言うと、俺から顔をそらした。そんな彼女の唇に静かに自分の唇を重ねる。
「ごめん」
「…い、良いよ。ねえ、かずの好きな人って、美々さん?」
俺は小さく頷く。
「やっぱり」
「もう、美々が自分のそばに来ないことや、向こうには相手がいて、だから、自分には幸せに出来ないこと。もう十分にわかっているはずなのに、どうしても美々を忘れられない。こんなの、女々しい、気持ち悪いってわかってるけど、彼女が笑ってくれたときの事とか、虐められてるときに一人かばってくれた事とか。そんな思い出が頭から離れてくれないんだ」
俺はそういうと美夜から顔をそらす。
「じゃあ、私で忘れて。私を抱いても良いから」
彼女はゆっくりと俺を押し倒す。
「私、美々さんのことを忘れられないかずの気持ち以上に私のことを好きにさせる自信あるよ。それぐらい好きなんだもん。絶対、かずの気持ち以上に私の方が好き」
「ありがとう、美夜の気持ち嬉しい」
俺はそれだけ言うと、美夜を押し倒し返した。その時、美夜の携帯が鳴った。
「出て良いよ」
美夜からどいてベッドに腰かけた。
「あ、うん」
美夜はそう言うと部屋の隅に行き、電話に出た。
「もしもしお父さん。え、ああうん。わかった、今から帰るね」
そう言うとすぐに電話を切って俺の顔をみた。
「急用なんだろ。帰って良いよ」
「ありがとう、ごめんね」
彼女はそう言うと慌ただしく部屋を出て行った。彼女が出て行った後、ベッドに仰向けに横になる。
「和樹ぃ、下に降りてらっしゃい」
下から母の声が聞こえる。俺はその声を無視して目を閉じる。
「ちょっとぉ、無視してんじゃ無いわよっ。降りて来いって言ってるでしょ?」
母が部屋に入ってきて俺の頬を叩いてきた。そんな母を思わず睨みつけてしまい後悔する。
「…何よっ、全然私の言うことを聞きもしないでそんな目をしないでよっ。あんた、誰のお陰で生活できていると思ってるのっ。全部、私のお陰でしょ。なのに、学校に行けって言っても行かないし。ちょっとはバイトでもして親孝行したらどうなのよ」
俺はただ無言のまま泣いて時が過ぎるのを待っていた。
「泣かないでよ、泣きたいのはこっちよ。もう、何なのよ」
母はそう言うとベッドで俯せになりながら泣き出した。
「…ごめん」
そんな母をみてなんて声をかけたら良いのかわからず、ベッドから起き上がりただ一言そう言った。そして、静かに台所に行き、小さい果物ナイフを取り出し自分の左手首に押し当てゆっくりと引く。すると、手首から赤い体液が滲むように出てきて手のひらをつたって床に落ちる。
そのうち母が出かける玄関の扉の音が聞こえたが、そんなことは気にもせず、部屋に戻り枕に顔を埋める。
「もう嫌だ」
小さく呟く。
一体何が嫌なんだろう。
光司が?
秀が?
母の存在が?
美々のこと?
それとも、生きていることが?
違う、もう嫌だなんて言ってもなんにも変われやしない、何かを変えようとする行動も、何も出来ない自分自身にただ、嫌気がさしてるんだ。
一体、前を向いて歩いて行くにはどうしたら良いのだろう。もう、前を向いて歩くには遅いのかもしれない。
ただ何となく、パソコンを立ち上げ、久しぶりに病みタグを開く。
『かずは逃げてばかりの弱い男だ。あいつは小学校の時にちょっと可愛がってあげたぐらいで逃げ出すような男だ。そんな奴、味方をするだけくだらないと思わないか』
『何を言っているの。かずくんは良い子よ』
誰かの書き込みにふうさんが反論をしてくれていた。
『いやいや、貴女はあいつと実際に会ったことが無いからそう言えるんだよ。実際のあいつはただの駄目人間なんだって』
何となく、直感で今書き込んでいるのは光司だと感じた。
『お前、光司か?』
『違う、俺は秀だよ』
俺の書き込みにすぐ返信が返ってきた。
『どっちでも良い。でも、ここに俺のことを書き込んで他の人を困らせるのはやめてくれ』
俺がそう書き込むと秀だと名乗る男は突然落ちた。
『ふうさん、ごめん。あと、ありがとう』
『良いのよ。それよりかずくん、大丈夫?』
ふうさんは優しい。
『大丈夫』
『それなら良いけど。あんまり無理しないようにね』
俺は、うんと返信してもう一度お礼をしてから病みタグから落ちた。
それから光司に公園に来て欲しいとメールを送って、カッターナイフをポッケに忍ばせ、公園に行く。
ー続くー
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