第三話 遊び

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第三話 遊び

四年生の新しい教室の前について立ち止まった。過呼吸のように息が荒くなる。覚悟を決めて教室に入った。 静かに何事もなかったかのように自分の席に座る。 「なぁ、もう来るのやめたら。わかんないのかよ。お前が来ることでみんなが迷惑してるって事」 秀にそう言われてその場から逃げてしまいたい衝動に駆られた。黙ったまま立ち上がり教室から逃げようとした。 「逃げるんだ」 教室の扉の前に光司が立ちふさがりそう言ってきた。 「そこどいて」 「嫌だね」 光司は俺の腹を蹴り飛ばした。体の軽かった俺は軽く吹き飛んで床に腹を抱えてうずくまり、むせ込んでしまう。 「ねえ、もうこんな事するの止めようよ」 美々の声がした。助けようとしてくれている。そんな美々を止めることも出来ずに体に走る痛みを我慢することしか出来なかった。 「美々、何でいつもこいつのことかばうわけ?」 秀にきかれた美々は困っていた。 「だって、いつまでも仲良く出来ないなんて嫌なんだもん。私は和樹や秀、みんなが好きだから仲良くしたいよ」 美々のこの言葉に秀と光司は大笑いした。 「あっそ、じゃあ美々が和樹の代わりになる?」 やばい。美々を守らなきゃ。美々を守れるのは僕しかいないんだから。当時の俺はただ直感でそう思っていた。 「僕は平気だよ。だって、光司達は僕と遊んでくれてるだけだもん。それに美々、正義感振りまくから僕が虐められているようにみえるんじゃん」 なるべく平気なふりをして明るく振る舞った。本当はまだ体の痛みは引いてなかったけどそんなことはどうでも良かった。 「美々、和樹くんは平気だってさ。そう、俺達は和樹くんと遊んであげてるだけだもんな。そうだよな、みんな」 秀はクラスメイト達を巻き込むようにきいている。クラスメイト達はただ頷いていた。 「みんな座りなさい。そろそろ授業始めますよ」 扉が開いて国語の女教師が入ってきた。 授業中も本当は逃げ出したいほどに教室にいることが辛かったが、自分が逃げたら美々が嫌がらせを受けるかもしれないと思ったら逃げる事は出来なかった。 幸いにも授業中は何もされることはなかった。けれど、教室には異様な空気が流れていた。その空気だけならまだ良い。そう思っていた俺は、休み時間はいらない。授業が永遠に続けば良いと考えていた。 授業を終える合図は無情にも鳴り響く。 その日の放課後、秀達が帰ったのを確認してから、美々と二人で帰った。帰り道、ランドセルを並べて歩いていると、美々がきいてきた。 「ねぇ、なんで和樹は嫌がらせをされてるのに嫌がらないの。私、和樹とまた昔みたいに遊びたいよ」 「違うよ。さっきも言ったと思うけど、僕は嫌がらせも虐めも受けてないよ。だから、美々がかばってくれることはなにもないんだよ」 俺のこの言葉に少し大きい声で、嘘だよと叫んだ。 「嘘じゃないよ。ねぇ、美々。わかって。僕は君に辛い思いをさせたくないんだ。だから、お願い。今起こってることは、嫌がらせでも虐めでもない。僕があの二人に遊んでもらってるってことにしておいて」 なるべく冷静に、ゆっくりと美々の肩に左手を置いてそう言った。 「…そんなの嫌っ。和樹がそれで良くても私は絶対に嫌だからっ」 美々はそう言うと肩に置いてあった俺の左手を振りきって行ってしまった。 その時の俺はただ呆然とその場にいることしか出来なかった。 ー続くー
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