第五話 口づけ

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第五話 口づけ

朝になり、学校に行くと美々と周りの空気感がなぜか変わっていた。 「一昨日はごめん。美々は僕を心配して言ってくれたのに。でもね、本当に僕は二人に遊んでもらってるだけだから。これ以上心配しないで」 静かに自分の席についている美々に話しかける。 「もう良いよ。和樹は私が守るから」 美々は俺に顔を合わせずにそう言うと何も言わなくなった。 初め、美々のその言葉の意味がわからなかったが、すぐに言葉の意味する出来事が起こってしまう。 「おい、美々。お前、誰の許可を取って人と話してんだ?」 秀が美々の机に伏せ上目使いで美々をみている。 「秀、違うよ。美々は人とは話してないよ」 教室にいる同級生の女子一人が言う。 「ああ、そうだったな。和樹は人じゃなかったな。けど俺は美々に、話すの禁止って言ったはずだけど」 「…ごめんなさい。もう誰とも話さないから」 美々はそう言うとそれ以降本当に誰とも話しをせずに午前中を過ごしていた。 「おい、みんな聞いてくれよ。今日、こいつ、パンツはいてないんだぜ」 昼休み中、秀は美々を立たせそう言うとはいているスカートをめくり上げた。 「うわぁ、本当だ。なんではいてないのこいつ」 光司はそう言うと近くに駆け寄る。 「…やめて」 美々はその場に座り込み泣き出してしまった。俺はそんな彼女をみていられず美々の方に駆け寄り背中をさする。 「なんでこんな事するんだよ。美々は女の子なんだぞ」 俺は秀に大声で言う。 「お前何調子のってんの。お前がそんな事言える立場か。自分の立場を考えてから物を言えよな」 秀は座り込み俺を睨みつける。 「和樹、良いよ。私なら大丈夫だから」 美々は涙を拭いて立ち上がると教室を出て行ってしまった。 「ああ、あいつ悲惨だな。無理しちゃって」 秀は小さめの声でそう言うと少し鼻で笑った。そんな秀の態度に苛立ちを覚えた俺は秀に襲いかかる。 「なんで平気でそんな事出来るの。昔の秀はそんな人じゃなかった。ねぇ、昔のようにみんなで遊ぼうよ」 「うるさいんだよ。離れろよ、汚い」 秀は襲いかかっている俺を突き飛ばすと自分の席に戻っていった。 その日の放課後、俺は美々を探そうと思い、体育館裏に行ってみた。 「お、和樹じゃん」 そこには秀と光司がいて俺の肩を抱き二人の間に座らされた。 「ちょうど良かった。今から良い事しようと思ってたんだよ」  秀はそう言うとズボンのポケットから煙草を取り出した。 「ほら、和樹、お前もやるだろ」 「僕はやらないよ」 差し出された煙草を受け取ろうとしなかった。 「は、何いってんの、お前に拒否権なんてあると思ってんの?」 秀はそう言うとポケットからカッターナイフを取り出す。そしてそれを俺に向けると小さな声で、吸うよなと言った。俺はそんな秀に怖くなって煙草を受け取り火を付け吸ってしまう。 「はい、これでお前も共犯だからな。絶対に先生に言うなよ」 秀はそう言うとまた鼻で笑った。 「秀、ごめん。今日はこれから用事があるからもう帰らないと」 美々を早く探しに行きたかった俺はとっさにそんな嘘をつく。 「おい、和樹、今日のことはお前も共犯なんだからな」 「わ、わかってるよ。誰にも言わないよ」 秀にそう言われたら自分もそう言うしかなかった。秀たちから逃げて美々を探したがその日は美々を見つけることが出来なかった。 次の日の朝、いつもより早めに起きて学校に向かった。 「おはよう」 学校の校門に着くと美々がいた。 「ねぇ、和樹。今日の放課後、体育館裏に来て」 突然、美々はそう言って駆け足で中に入っていった。何の用だろうと思いつつ一日を過ごした。 放課後、授業が終了するとなるべく急いで教室を出た。約束の場所に着いて美々を待っ。 しばらくすると美々が下を向き悲しげにやってきた。 「こんな所に呼び出してどうしたの?」 美々の顔を心配そうにみた。 「何でも無いの。ただね、私、和樹のことを本当に助けたいの」 「誰が助けて欲しいって言ったよ。自分のことを犠牲にしてまで。美々、僕は男の子だから大丈夫だよ。でも美々は」 女の子なんだから自分を犠牲にするのはやめてよと言おうとしたとき、突然、美々の唇が自分の唇に重なり、崩れ落ちるかのように離れていった。 「いきなりこんなことしてごめんね。私は和樹のことが好き。これからもずっと。だから、初めてのキスは和樹が良かったんだ」 そう言うと泣き崩れた。 当時、小学生だった彼女にとってはすごく勇気のいる行動だったと思う。 「…美々」 俺は美々の頭を優しく撫でた。 「ごめんね、ありがとう」 美々はそう言って逃げるように俺の所から去って行った。その場に取り残された俺は美々の残した、唇に残る余韻をただ、右の親指で触っていた。 数日後、突然、父が亡くなったと母から聞かされた。仕事の作業中に倒れてそのまま息を引き取ってしまったそうだ。 大好きだった父の葬式もただあっけなく終わってしまった。 ー続くー
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