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第六話 引きこもり
十二歳になったある日、みたくもない光景を見てしまった。それは秀が美々に好きと告白しているところ。
放課後、俺は美々と一緒に帰ろうと思って教室に戻った。すると、扉越しに秀と美々の声が聞こえてきた。
「なぁ、和樹のことどう思ってるの?」
「ただの友達だよ。今までもこれからも」
…そうだよな。そう心に思いながらもただその場に立って逃げることもせずにきいていることしか出来なかった。
「そっか、良かった。じゃあさ、俺と付き合って欲しい」
「うん、良いよ」
美々は秀の告白に即答していた。
いつも弱い俺を好きと言ってくれた美々。
何で、どうして?
やっぱり強い奴の方が良くなった?
当時の俺はその光景をみていられなくなり逃げるように学校を出た。
そしてその日がきっかけとなり学校に行かなくなった。初め母は心配していたが、今までため込んでしまった重荷を母に話すことが出来なかった。美々も心配をしてよく家にきてくれていたが冷たく追い返していた。
当時の俺の居場所は自分の部屋しかなかった。父が生きていた頃に買ってもらったパソコンで誰かと繋がるということが、唯一の生きている手段だった。
ネットの世界は嘘で満ちあふれている。年齢も住所も性別さえも、本当のことを言っているのはごく一握りだと思う。いや、ほとんどいないだろうか。だから当時の自分には生きやすい世界だった。ネットの住人はこんな自分のことを同情してくれる。ただそれだけでよかった。
そんな時、母は俺を育てるために夜の仕事を始めた。いつの間にか家にはいつも知らない男が上がり込んでいたが、それでも母は俺の食事だけは用意してくれていた。
「和樹、下に降りてきなさい。一緒に夕ご飯を食べましょう」
一階のリビングから優しい母の声が聞こえてきた。パソコンの電源を落として下に降りた。
「今日はカレーよ。貴方好きでしょ?」
「うん、いただきます」
黙々と会話もなく食べ始めた。本当は自分のことを話したかったけど、話す勇気もなくて話せないまま食べ終わってしまった。この重苦しい空気が息苦しくて自分の世界に逃げ込んだ。
そんなある日、突然光司が母がいないときに俺の家にやってきた。
「光司、どうしたの?」
光司は俺の部屋に入って勉強机の椅子に座った。俺が何度もどうしたのかと聞いても光司は黙ったまま下を向いていた。
「あのさ、和樹、学校来ないの?」
やっと話してくれた言葉はこれだった。俺はただ首を横に振ることしかしない。そうすると光司はまた黙ってしまった。光司の悲しそうな顔をみると、行くよと言わざるおえなくなってしまう。
「ほんとに来てくれるの?」
そう嬉しそうにきいてくる光司に首を縦に振った。
「じゃあ、和樹が来るのを待ってるから」
そういうと光司は部屋を出て行った。俺は慌ててパソコンの電源を付けて掲示板を開いた。
『今日、友達が部屋に来たよ。学校に来てくれって言われた。どうしよう、学校怖いよ』
病みタグにそんな投稿をしていた。
病みタグは当時の俺にとっての居場所の一つの掲示板だった。病みタグの住人はこんな俺のことを同情して相談にも乗ってくれる。
『せっかく来てくれたんだから学校行ってみたら?』
数分後、よく相談に乗ってくれているふうさんから返事がきた。その返事にただただ不安を打ち込んでいた。
『でもさ、学校に行ってまた嫌な事されたらどうしよう』
『信じてみたら?』
ふうさんはプラス思考の人だ。
『貴方は、その友達のことを好きなのよね。だったら、せっかく来てくれたんだから行ってみた方が良いと思うな、私は。でも、無理はしないこと。嫌なことがあったら、いつでも戻っておいで』
そして、優しい人だ。いつもその優しさに甘えていた。
それから数日がたっても、玄関の扉を開けることが出来ずにいた。気がつくと、外に出ることさえも出来なくなっていた。だからいつも自分の部屋に逃げ帰っていた。
「和樹、美々ちゃんが来てくれたわよ」
下から母の声が聞こえて慌てて部屋の鍵を閉めた。そしてベッドにのり、亀みたいに布団をかぶった。
「和樹、扉開けて。今日ね、学校の卒業式だったんだよ。この前、手紙書いたのに来なかったね」
美々はそう言うと他に何も言わずに気配を消した。俺は布団の中でただ怖さを感じて動けずにいた。
「美々ちゃん、卒業証書持ってきてくれたわよ。ここ開けて」
扉越しに母の声が聞こえてきた。俺はやっと布団から出て扉を開ける。
「美々ちゃんと話しはしたの?」
「…してないよ」
下を向いて小さく答えた。母の手に持っていた卒業証書を受け取った。
「そう。和樹、あなたももうすぐ中学生になるんだから、学校に行きなさいよ」
「うん」
そう言ってまた部屋に引きこもった。数日しても外に出ることが出来なかった。毎日パソコンを立ち上げて病みタグがある掲示板に行く。それを繰り返し過ごしていた。
そんな春休みのこと。
「和樹、僕だよ。光司。もうすぐ春休み、終わっちゃうよ。和樹が学校に来てくれないと」
光司から電話がかかってきてそう話してきた。だけど話は途中で途切れてしまった。どうしたのかをきく前に何でも無いから気にしないでと言われてしまった。
「今度遊びに行っても良い?」
「良いよ」
それから春休み中に光司は家に遊びに来た。その度に学校に来て欲しいとお願いされた。そして中学一年の自分にとっての初めての登校日。俺は覚悟を決めて学ランの袖に腕を通す。そして静かに家の扉を開けた。
ー続くー
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