音楽家の2020年

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「うわ、またか……」  僕はメールを見て思わず声を出してしまった。  今月予定されていた公演の中止が決まった、という主催者からの連絡だった。  手帳を取り出して十二月のページを開き、予定に大きくバツを入れる。  今年はコンサートの中止や延期の繰り返しで、手帳にはいくつものバツがつけられ、ぐちゃぐちゃになっていた。  2020年は、本当に大変な年になってしまった。  音大を卒業して五年目、フリーランスのヴァイオリン奏者としての生活がようやく何とか形になり始めたところだった僕にとっても、新型コロナウイルスの感染拡大は大打撃だった。  感染者数が収まってきた夏ぐらいからは、客席の定員を半分にすることでコンサートが再開されるようになってきたのに、冬に向かってまた感染者数が増えてきた状況を受けて、中止や延期を決めたコンサートが増えてきた。  現時点では、来年になったら状況がよくなっているはずと断言できる材料がほとんどないのが辛い。  来年の手帳には、消せるボールペンで予定を書くことにしている。
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